炭酸は飲めないけれど

小さな泡を見るのは好き

グラスの奥ではじける粒は

はかなくて綺麗だから

 

 

SPARKLE

 

 

「…先生?」
先程からどうしても確かめたかったことがあって、影貴は思わず話し掛けた。
「ん?」
ちょうど車が信号で停まった。響がこちらを振り向く。
「どうかした?」
なにか雰囲気が違う気がしたのは何故だろう?
「…いいや、なんでもないっ」
軽く首を振って影貴は笑った。

 

車を駐車場に停めて街を歩く。
何をするわけでもないけれど、二人で街を歩いて目に留まった物を買うでもなく眺めるのは好きだった。その日も街をふらふら歩いて(途中何度も立ち止まる度に先生が財布を出しかけたんだけど)喫茶店に入った。今の流行りらしく、スパークリングティーがお勧めになっていた。影貴は炭酸をあまり好まないが…紅茶となれば興味をそそる…ぼーっとメニューを見ていると、店員が笑顔で寄ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
先生がなにかを頼んでいるのが聞こえた。
「私これ…」
メニューを指差した後で炭酸を飲める自信がなくなって『しまったなぁ』と思ったが、出てきた物を見て少し安心した。その紅茶は瓶に入っていて喫茶店のシステム上持ち帰りが可能だった。
『飲めなきゃ持って帰ればいいよね』
そう考えながらストローを瓶にさして一口…

…うわ…

味わかんない…

 

自分が一体何を飲んでいるのか解らなくなって影貴は口を離した。ふと目の前の響を見ると、こちらに向かって笑顔を振り撒いていた。
「…飲む?」
瓶を渡すと響は自分の持っていたアイスコーヒー(と影貴は踏んだ)を置いて傾けられたストローを噛んだ。
…私のストロー噛まないでよ…
そんな事を考えて一人で真っ赤になっていると
「うん、美味しいね…」
と一言返事をつけて瓶が帰ってきた。

…色んな意味で
…もう飲めないとは言えないよな…

飲むのを辞めて、瓶を陽の当たる場所に置く。

炭酸の小さな粒が光を受けて煌めいて
一つ、また一つ、小さくなって消えていく
その様がとても幻想的で
じっと見入っていた

 

小さな泡は
人魚のように
はかなく消えていく

 

仕方がないので瓶を持ったまま外にでることにした。
「それどうするの?」
両手に持った瓶を見て響が笑う。
「炭酸の泡が綺麗だなって思って…」
駐車場、車の中、響の方に瓶を向けると、まだ粒が夕日を受けて光っていた。
「…無理して飲もうとするからだよ…可愛いなぁ」
そう言って影貴から瓶をとり、響はキャップを外して瓶に直接口付けた。
「なかなか美味しいのに」
もう一口飲もうとした響の横顔を見て、影貴はやっと違和感に気付いた。
「っ紫…」
響は不思議そうな顔をこちらに向けた。
「先生今日目が紫色だっ!カラーコンタクト使ってる!?」
影貴が確信を持って言うと響は少し呆れて笑った。
「一日隣にいたのに気付かなかったのかい?冷たいなぁ…」
響は口に紅茶を含み、そのまま、影貴を引き寄せた。

 

口の中で
小さな粒が弾けて
後には
炭酸の抜けた
甘い
甘い
口付けの香だけが残った

 

 

 

Sat, 19 Jul 2003