「ちゃんと君には教えておかないとねぇ」

琉は長い髪を指で弄びながら月花に言った

「昔、君のひい御祖母様にあたる少女が私のいる洞窟に現れたのだよ…

彼女は言った

人になりたい、と…」



+++ aqua 第一部 4 +++

 

「可愛い少女でね、私は声と引換に二本の脚を上げた。
しかし男の元にはすでに許婚がいてね、彼女は空気に溶け、私の元に帰ってきた。
私は仲間の元に帰れない彼女を『愛して』あげたのだがね…お父様に居場所がばれてしまった。
私は逆に呪文をかけられた。記憶を消され、気付くと人になっていた。
頭に残っていたのは「人魚」という言葉、それを頼りにここまできた。

そして…君が現れた…!

その時私に記憶と魔力が戻ってきた。
私が元に戻る方法はただ一つ、
人魚である君と契ること…
私は蔭の記憶を完全に隠蔽し君が私に傾くように仕向けた。
…君のような可愛い人と一夜が過ごせて楽しかったよ…」

琉は高らかに笑った。
「嬉しいよ。やっと海に戻れる…行こうアカリ、アイツが来る。じゃぁね、月花…」
そう言い残し琉はアカリと海の方へ去っていく。
「ま、まって…」
月花はベッドから動けずにいた。
体が、心が、軋むように痛い。



「月花!」
小屋の扉を開け、蔭は部屋に飛び込んだ。
ベッドの上には躯を押さえうずくまる少女がいた。
「蔭…っ!」
躯が熱い
私は
どうなってしまうのだろう
「御免…月花…!」
蔭はきつく月花を抱き締めた。
「俺は昔…海で溺れて…奇跡的に助かった事があった…なにも思い出せなくて…
さっき…はっきりと思い出した
俺を助けてくれたのは
月花…
君だってことを…」

「ずっと…気付かなかった…馬鹿だよな…今更…」
「いん…」
短い蔭の髪を優しく撫でて月花は言った。
「いいのです。思い出して下さっただけで…最初から、絶対に…
人と私たちが結ばれる事はないのです…無理な願いなのです…」

月花を激しい痛みが襲う。
「…海へ…あの場所へ…連れていって、ください…」
立てなくなった体を抱き上げ、蔭はあの岩場へと向かった。



二人が岩場へつくと、琉とアカリは浅瀬にいた。
「…あれは…お兄様っ!?」
二人の奥には何人もの人魚が見えた。
「月花!なんで勝手にそんな事しやがった!」
擾は砂の上に降ろされた月花に怒鳴る。
月花は、愚かな自分がただ悔しくて、頬を落ちる涙が砂を濃く染めた。
「今はんなことどうだっていい!タコ!月花を元に戻せ!」
擾に向かってアカリは鼻で笑った。
「なぁに言ってんのさ!アタシはこの娘の願いを叶えてやったんだよ!?なんで私がそんな事いわれな
きゃならない?むしろ反省すべきはあんたたちじゃないのかい?この娘を苦しめたんだから!そうだろ?」
擾は何も言い返せなかった。

「そうかもしれないな」
擾の後ろにいた人影が言った。
「お父様っ」
震え怯える尋乃を傍らに抱き、彼は言った。
「しかしこれは海の掟に反する。処罰は受けてもらう」
そう言うと彼は手を天に振りかざし、呪文を唱えた。

辺りは東から上る太陽の光に包まれた…




気付くと遠い陸に蔭がいるのがみえた。

傍らには自分の身を按じる表情で恒が覗き込んでいた…

「姉上…泳げる?」
水面に映る白い肌、揺れる長い髪…水の奥には銀の鱗が光っていた。
「ったく目茶苦茶しやがって…」
擾が頭を小突いた。
「ごめんなさい…」
俯いた月花を尋乃が元気付けた。
「無事で良かったっ」

「月花!」
影貴が抱き着いてきた。後ろには響の姿も見える。
「御免ね月花!私が…私のせいで…っ、許して…」
泣き出してしまった影貴の頭を優しく響が撫でた。
「影貴のせいじゃないよ…私が望んだことだもの」
月花は微笑んだ。


「月花」
ゆっくり振り向くと優しい顔が見えた。
「お父様…御免なさい」
月花を優しく抱き留め、「私も悪かったのだよ」と言うと、月花に厳しい表情で向き直った。
「しかしお前がやった事は許されない行為だ。これは重罪に値する」
月花は静かに頷いた。
「はい、解っております。もとよりこの命泡になる覚悟でございます…最後に皆に会えて…私は…
幸福で、ございました…」
溢れる涙を隠すように口を抑え、月花は岩場に佇む影を見つめた…


淡い光が月花を包んだ

体が 軽くなる

感覚が なくなる



私は

幸福でございました

優しい親友にも

温かい家族にも恵まれ

二度も恋をした

それは叶わぬ恋だったけれど

私は幸福だった

…蔭

貴方という人に会えて





…さようなら…












「…月花」



優しい声がした

暖かい感触がした

「……?」
暖かい、砂の上
膝におかれた私の顔を
優しい目が覗きこんでいた。

ゆっくり体を起こすと
あの人が微笑む


「月花、お前を重罪に処する」
反対側を向くと、浅瀬から深まった場所に父の姿が見えた。
「『立ちなさい』、月花…」
「…!?」

足元には
銀の鱗ではなくて
…二本の脚が横たわっていた…

「お父様っ!」
銀色に光るドレスの裾が濡れるのも気にせず、月花は水の中へ走り寄った。

「月花、お前に重罪…海からの追放を言い渡す…


 幸福になれ」

そういって、自分の長い髪を後ろで留めていた珊瑚礁の髪飾りを外し、
月花の後ろに腕を回して長い髪を一つに束ねた。
「……っ」
声を出せずに月花は瞳をぼかした。

「元気でな、姉上…」
「遊びに来るからっ」
恒と尋乃は笑顔を見せた。
「ったく…誰がこいつ等の面倒見るんだよ…」
擾はそういって一人顔を隠し、そっぽを向いてしまった。
「月花…幸福になってね」
影貴は涙を浮かべていた。
「影貴も…頑張ってね」
影貴の後ろにいた響は淋しそうに笑っていた…



月花は海に向かって一礼し、砂浜に走った



そこには
永久に変わらぬ
優しい笑みと
海とは違う暖かさがあった






月の綺麗な夜
浅瀬の岩場には
この世の物とは思えないような
美しい唄が
聞こえてくるらしい
そこには
時を越え結ばれた
夫婦の姿があるという…










 


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お疲れ様、非公式完結。如何でしたか?
ちょっと感動のラストシーンを演出してみました。成り切ると泣けるかも?(笑)
あー死ぬんだーと思ったら大間違いですよ(一応めでたし主義だからね)

気付きましたでしょうか?今回のお話が前に書いた龍倉劇場の続編であったことに…
え?力の入れ方が違う?うーるさぁーい(笑)
いやぁ〜あそこでキャスト琉は大成功でした。まさかきづくまい(爆)
にしてもアレ危ないよなぁ。今回かなり頑張って色々あがいたけど
やっぱりもうダメだこれは昔の自分であって今とは違うからなかった事にしよう
と誤魔化して逃げておく事にします。今はここまでえろっちいものかけません。

この後短編でその他の人々の事を書きつつ第二部に移ります。

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