彼等が出会った、その理由…1

 

一人の短髪の男が培養ケースを見上げ、小さく呟いた。
その呟きは機械に阻まれて聞き取れない。
彼の名は鏡一。

ケースの中にいるのは小さな少女。
紫の短い髪を液の中に揺らし、瞳は堅く閉じられていた。

彼が一歩踏み出した足音で少女は瞼を持ち上げた。
『…かおり…?』
ぱちぱちと目を瞬かせ、相手の輪郭を形成させる。


『ちがう…』
御影はしょんぼりと肩を落とし研究員を見つめた。
「目当ての人じゃなかったかな?」
くすくすと笑みを零しながら鏡一は培養ケースに手をかざす。
「ねぇ、かわいらしいエーフィさん?私の顔を覚えていませんか…?」
ケースに近づき笑顔で尋ねると、少女は目をぱちぱちと瞬いて、首をこくりと傾 げた。
「あらあら残念…」
鏡一は近くにあったオレンジの布を頭から被って言った。
「前はこんな感じの長さだったかな…」
その姿になにかを思い出した御影は目を見開いて硝子ケースにへばり付いた。

 

 

「御影、気分はどうだい?」
蒸栗色の長い髪を結びもせずに、男は硝子ケースに肘をつき小さな少女を見下ろ した。
『ハヤトは…ドコ…!?』
「テレパシーを使わない。口を使う。稚陽呂はもう喋れるよ」
培養ケースの中で鎖に繋がれた少女はもう長くない爪と牙を立ててケースの外にいる研究員に威嚇した。
『ハヤトは!チヒロは!?フタリに逢わせて!』
「会いたいなら大人しくしなさい」
研究員はやんわりと言った。
「君がいつまでもそうやって騒ぐから外に出られないんですよ。
 稚陽呂はもう外に出られるめどが立っているのに君は全くダメですね」
同じことを言うとしても速人や稚陽呂なら許せたかもしれない。
しかしこの研究員に言われると無性に腹が立った。
「貴方が安定するまでの検査官は私です。言う事をきちんと聞くように」
そう事務的に告げるとくるりと背を向けて男は歩き出した。
『ねぇ…!』
「ねぇじゃありません。鏡一という名があります」
『いうこときいたら出してくれる!?またみんなでくらせる?』
御影はケースにへばり付いて肉薄する。
鏡一は首だけ振り向くと小さく息を吐いて笑みを浮かべた。
「キミがイイコにしてたらね…」

小さなペットが適齢期の少女になった今、扱いはどう変わるか解らないけれどね …


その意味深な呟きが口に出されることはなかった…




翌日鏡一が部屋に入ると少女は静かにケースの中に座り込んでいた。
『水のなか、ひま』
少女の第一声はそれだった。
「今日は静かですね」
『静かならだすっていった…』
「今日明日じゃ無理ですよ」
そう言って、鏡一はカルテに色々と書き込み、踵を返す。
「更正能力があることは報告しておいてあげますよ」
少女がにこにこと微笑む姿を背に、鏡一は部屋を去った。


「どうだい、彼女は」
大きな椅子に体を預けた男は研究員に顔をむけた。
「生殖器の発達はまだ未熟で不安定ですね。あと一週間はあの中で成長を待たないといけないでしょう」
「そうか」
椅子の肘置きに肘を立て、男は不気味に笑う。
「我々の目的は奴らの人間化ではない、人となった奴らを交配させて子を成すことだ。
  そのためにあの双子を育てさせたんだからな。しくじるなよ」
研究員は長い髪を後ろに退かし直立から頭を下げた。
「もちろんです。稚陽呂は警戒が必要かも知れませんが御影の方は二人しか眼中に
  ないですからね。他の男に会っても大して変わらないでしょう」
「そうかな…?」
男はおもむろに口元に笑みを作る。
「御影の方が警戒すべきだよ…だから君に頼んだんだ」

理由を尋ねる間も作らせず、男は鏡一を追い出した。


二週間がたった。
特別な成長液を注ぎ込んだ液体は少女の体を豊かに育み、
幼い外見は今や愛らしい年頃の美少女になっていた。
「ねぇ、キョイチっ!もうすぐだしてくれるってホント!?」
一週間ですっかり懐いた少女はにこにこと笑みを浮かべる。
「そうだね、もうそろそろフタリに会えるよ」
鏡一の作られた笑顔に向かって少女は気付く事なく言った。
「でもキョイチとも会えるよね!外出たら抱っこしてっ!」



あの男の言ったことは正しかった。
少女は自分に害を成さないと見なした人間にはとことん懐き心を許してしまうのだ。
下手に若い研究員に任せれば危ない事態が起こっても不思議じゃない。
何事にも心が動かない、鏡一のような人間でなくては愛らしい笑顔に情が移ってしまっただろう…


それからまた数日後、御影は培養ケースから出された。
「わぁいっ!きょいちっ、ありがとーうっ!」
鏡一に惜し気もなく抱き着いて御影は笑顔を絶やさない。
鏡一は微笑みを造り背中を撫でてやると、やたらと少女に女らしさを感じ、一瞬戸惑った。
「…発情期のフェロモンってやつか…」
動物の姿なら何も感じないのだろうが、なんだか複雑である。
立たせてやると、少女はまだ上手く立ち上がれずよろめいて床にペタリとすわりこんでしまった。
「あるけないぃ…」
情けない声を上げて縋り付く御影を鏡一はもう一度丁寧に立たせ、腕に捕まらせた。
「御影、かくれんぼをしようか」
首を傾げた御影を見下ろして鏡一は言った。
「この場所のどこかに稚陽呂と速人がいる。さがしてごらん。呼んだら来るかもしれないよ」
御影は二人の名を聞くと顔をキラキラさせて腕から手を離した。
「ほんと!?きょいちもさがす?」
「さがさないよ。御影が見つけないと意味がないからね。そのかわり…」
鏡一は御影の首に鎖が着いた首輪を結んだ。
「いる場所がわかるようにこれ付けててね」
御影は大きく首を降って頷きニッコリ笑う。
「わかった!みかげががんばってさがす!」
注意深くよれよれと歩きながら、御影は研究所の扉を出ていった。


「見つけてごらん、…いや、逃げ出してごらん…」
鏡一はその後ろ姿を見つめ、意味深に口元を緩めた…

 

 

 

 

 

 


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051224