温泉旅行編
前回までの粗筋。
折角幸せな気分に浸ってたのに
そんな俺を現実に戻したのは
凄まじいスピードでとんできた桶だった。
おまけに先生まで現れちゃうし、
俺どうなるんだろうなぁ…
以上語:稚弘
+++ 温泉旅行編 +++
「ほぉ…で、キミは何も見ていない…と?」
素晴らしく機嫌の悪い響が稚弘を追い詰める。
「みてませんっ!俺だってたまたま…」
「見えたから見ただけ…?」
「やっ、だからぁぁっ」
しっかり先輩に裏切り行為を働かれ、一人追い詰められた稚弘はしどろもどろだ った。
「先生、落ち着いて落ち着いて」
さっぱりと浴衣を纏い頭をタオルで覆って柚樹は響に近づいた。
「ほぉ、この状況で落ち着けと?」
にっこりと絶対零度の瞳を向けて響は刺のような言葉を紡ぐ。
柚樹はそんな眼差しに怯むこともなく、氷の入った袋を稚弘の額に当てて渡した。
「真面目に考えたらわかるでしょ、先生。稚弘がまかり間違って先輩の裸なんか
見てたら今頃出血多量で死んでますよ」
…真冬の脱衣所にしばし蝉の声が聞こえた気がした…
「……ふっ…」
しばしの沈黙を破って吹き出したのは蔭だった。
「まったくお前たち二人は…本当に兄にそっくりだな…見てて飽きん」
ドライヤーを置いて立ち上がった蔭は稚弘を向いて微笑んだ。
「そーだなー、お前水着見て死にかけてたなぁー」
「………」
擾がからかって稚弘の腫れ上がった額を触った。
そしてそこを軽く撫でて、にんまりと笑う。
「すっげぇ腫れてんな…ピンポイントだな。さっすが尋乃。ちゃんと勘は鈍らせ てないらしい」
「先輩何褒めてんですか!」
患部を氷水で摩りながら稚弘は擾に吠えた。
そこに通り掛かった祥が親指を立て てウインクする。
「ちびろ、ナイスヘディング☆」
「裏切り者の先輩に言われたくありません!」
流石に叫びすぎて頭に血が上ったのか、稚弘は眉間にシワを寄せ唸った。
「まったく…踏んだり蹴ったりだこんなの。しばらくサッカーできないよ…」
稚弘の座る向かいの籐椅子に陣取っていた響は無表情のまま立ち上がり、荷物を纏め始める。
「気は済んだの?」
「…さぁね…」
傍らにいた秀の問いは濁して、響は脱衣所を出ていった。
「ちぃちゃん大丈夫…?」
しっとりとした雰囲気の濃紺の浴衣を纏った影貴は、稚弘を覗きこんで眉根を寄せた。
「あ、はい…」
「尋乃も謝んなさいよー」
奥にいた尋乃は稚弘と目が合うと舌を出して眉を吊り上げた。
「痴漢には謝んないもんねーだ。べえー」
「尋乃!もう、…ごめんね、大丈夫?」「はい…」
多分影貴にもそう思われているだろうと感じた稚弘は気まずくて顔を合わせたくなかった。
頷いてそう答えるだけの稚弘を見兼ね、柚樹は尋乃に耳打ちする。
「逆だよ、稚弘は“影貴先輩が覗かれないように”背中向けて見張ってたんだから…」
謎の強調部分に反応し、尋乃は大いに態度を急変させた。
「そうだったの?!ごめんねぇ〜!痛かったよねぇ〜!?そうだよね!
ちぃちゃんがそんな非人道的な事するわけないもんねぇ〜〜!!」
「…お前の態度が一番非人道的だよ」
擾と影貴が思わず声を揃えて呟いた。
「先輩に言われたくないもーんっ!」
尋乃は浴衣の裾を翻し、扉を開けて夜空に飛び出した。
「さむー!」
ぶるっと震えた祥を小突いて孝子は言った。
「さむーじゃないわよ。あんたこそ稚弘君に謝りなさいよ!我知らずな顔して!」
「ちゃんと謝ったってぇー」
むっとする祥と孝子を見ながら影貴は稚弘をつつく。
「とりあえず帰ろ?」
顔を上げて目があった彼女の瞳は『ちゃんと解ってるよ』と告げている気がした。
そんなふうに笑うから、自分は彼女に惹かれてしまうのかも知れない。
稚弘は苦笑いを浮かべながらそんな事を考えていた。
彼女の奥には冷たい紅の瞳をこちらに向け、唇だけ笑みを造る男の姿が見えたが、稚弘は気にはしなかった。
一同は冷たい北風を受けながら風呂を後にした。
恙無く夕食を終わらせ、彼等は各自部屋に散った。
尋乃と同室だった影貴は二人で仲良く並べて布団を引き、荷物を整理していた。
「そういやぁさぁ、明日ってどこいくの〜?」
尋ねたが、返事がない。
まどろみから眠りに落ちたかと思い、視線を布団に向ける。
しかし、そこにあると思われた尋乃の姿は跡形もなく消えていた。
「あれ、尋乃?」
立ち上がった影貴は浴衣を手早く整え、ドアに向かって歩く。トイレにも姿はない。
振り返った先の扉の鍵が開いていたことに気付いた影貴は安堵の溜息をついた。
ジュースでも買いに行ったか、何処かの部屋に遊びに行ったのを聞いていなかったのかもしれない。
そう思い、影貴は扉に背を向けた。「女の子一人が部屋に鍵もかけないなんて無用心だねぇ…」
「!!??」
背後からかかった声に慌てて振り返ろうとしたが、その時にはもう背後の人物の中に絡めとられていた。
優しい手つき、しかし強い力で口を塞がれ声を発することが出来ない。
もがく耳の後ろで“カシャンッ”と錠の音が響き、影貴は解放された。
「なにすんのよ!普通には入ってこらんないわけ!?」
「この場で押し倒す方がよかった?」
「………」
問題外である。
「ったくもう、尋乃帰ってくるから開けといてよねー」
ぴしっと指を指してそう言い残し部屋に戻り始めると、響はにんまり笑った。
「帰ってこないよ」
「ふんっ、何を根拠に」
「僕と尋乃ちゃんでかけた謀だからね」
影貴の動きがピタリと止まる。
「何ソレ?」
振り向いた影貴に響は極上の笑みを浮かべた。
「つまり尋乃ちゃんは今頃擾といるってことさ」(…謀られたぁ……っ!)
口の端をぴくぴくと痙攣させる脇をするりと響がとおり抜ける。
(おかしいと思ったのよ!尋乃が急に私と二人部屋がいいってごねたり先生が快く一人部屋にすっこんだり…!)
人形のようにぎこちなく顔をずらして響の背中を睨み付け、
とりあえず無言の牽制を試みたが、空しくも視線が交わることはなかった。
「あー、寒い寒い。ほら早く電気消してこっちこっち」
薄い浴衣一枚で袖を摩り、するりと布団に滑り込むと、響はシーツをトントンと叩いた。
「はぁ!?なんで先生そういう発想なのよ!ばっかじゃないの…!?」
呆れた声を交え、影貴は並んだ布団を引き離した。
その後部屋の端にある鞄の前で座り込み黙々と荷物整理を再開した影貴を響は無言のまま見つめている。
「ったく尋乃と色々話そうと思ったのに…あいつロクなことしないよ…」
口を尖らせブツブツ呟いて、影貴は完全に響を無視している。
「…見られたの…?」
「はぁ?」
唐突に発せられた質問に、影貴は振り向いて聞き返す。相手は枕に顎を乗せ、真剣な表情だった。
「見られたのかって聞いてるの」
「何を?」
「風呂の話だよ」
淡々と述べる口元は上がっているが、真紅の瞳は刺すようだった。
「ああ…」
影貴は荷物の手を止めて言った。
「ずっと浸かってたから見られても肩程度じゃないかなぁ。ちぃちゃんだしそんな犯罪みたいな事してないでしょ」
完全にナメきった返答を述べて鞄のファスナーを閉めると、影貴は布団に転がり込んだ。
「明日どこいくのかなぁ」
「…キミは無防備なんじゃなくて男をなめてるね」
明らかに聞き取れる呟きと共に大きな手が影貴の布団の端を掴む。
聞き返す間もないままそれは勢い良く引き寄せられ、気付くと影貴の視界は真っ暗になっていた。「…なによ急に…!」
「べつに…」
見上げた先の視線は交わる事なく、影貴には彼の顎のラインしか見えなかった。
「…なめてんじゃなくて信用してるのよ…」
影貴はむっとしながら響の開いた胸元に呟いた。
響の冷たい肌に温かい吐息がかかる。
響は浴衣の合わせを整えて影貴を見下ろした。
その摩擦音に影貴も顔を上げる。
二人の視線が絡んだ。
「…信じちゃ…ダメ…?」
小さく呟いた影貴を響は包み込むように抱きしめた。
その口元には小さく笑みが零れていた…。
================================
裏に行きそうな、そんな予感を残しつつ一日目終了。(え、終わりなの!?という抗議は受け付けません。
これが書きたかったので次回は未定ですが、ネタが出来たらやりたいなーと思います。05.11.20 ねくすと。