Mission1:叶えられる範囲でお願い聞いてあげる。
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事の発端は期末テスト

負けない自信があった僕は

見事、彼女の罠に嵌まった…

 

NE . GA. I . . .  stoic version



「へっへーんっだ!天からの申し子音尾影貴にテストで勝とうなんて無理に決まってんだよーんっ」
テスト毎に壁一面に貼られる大きな紙。
上位には常連が並ぶのだが、三年生の一番上から四人はさらに固定されている。

1、音尾影貴
2、一木秀
3、氷上恭一
4、山下粧子

今日も彼は、彼女に勝てない。
「まぁ年の功というわけだよ一木クン」
小ばかにしたように頭をぽんぽんと叩かれ、首席、音尾影貴はこちらを向く。
「さーて、何にしようかな?」


今学期最後のテスト、首席になった方が負けた方から一つ願いを叶えてもらう約束をして二人は臨んだ。
結果は先のとおり。彼女が勝ったのだ。
しかし、意外に憤りを感じないのは彼女が遊びではなく本気で取り組んでいたからかもしれない。


「何でもいいんだよねぇ?」
こちらを見下ろし彼女は尋ねる。
「叶えられる範囲で。」
ベンツ買えとか言われても今の秀は少し困る。
買えなくはないが手続きが面倒くさい。…というのが本音だが。
「まぁ急がないよね?ゆっくり考えるよ」
語尾が上がっているが決してこちらに同意を求めるためのものではない独り言を口にして彼女は歩き出す。
「どこいくの?」
「中庭。来る?」
二つの足音はうるさい廊下に紛れた。


「やっぱりここは静かでいいよね」
中庭のベンチに腰を降ろして彼女は隣に微笑みかける。
特に同意を求めるわけではなく、彼女は思い付いたように言った。
「あ、そうだ。ジュース買って貰おうかな」
「…はぁ?小銭持ってないの?」
悪態を突いた後言葉の意味がわかった秀はやはり眉間にシワを寄せた。
「ねぇ、大層な約束だった割にお願いはその程度なわけ?」
彼女はケロッとしたままだ。
「えー、大事だよ120円は」
「学園内飲み物百円だし。」
つまり彼女にとってテストで首席になった見返りは百円で十分で、
自分との約束にも百円の価値しかないのか…?
あの場所に座れるのは一人だけなのに?
約束の相手は僕だけなのに?

「そうじゃなくて、ただ私に構ってくれる人と遊戯を楽しみたいだけなのよ」
表情を読み取ったかのように彼女は笑った。
「恭くんとやるときもそうだよ。別にいいの。
 欲しいものなんかないし、たかがお遊びで相手に負担かけたくないし…
 まぁゲーセン命な二人に百円出せって言ったらきっと怒るだろうけどね」
彼女は笑い飛ばす。
「わんちゃんは?私なんて言うと思った?」
そう尋ねられ、秀は首を傾げた。
自分は彼女がどう望むことを期待しただろう。
 「うちに泊まりたい…」
…そう騒ぐのは祥と恒だ。
 「仕事半分手伝って…」
…そう泣き付くのは尋乃だ。
 「あの高そうな車で一日家まで送り迎えして…」
…冗談交じりにそう言ったのは孝子だ。

そういえば、
彼女が何かねだることなんて、
ないかもしれない…。


秀はますます首を傾げて考える。
「あーっわんちゃんっ!いいから!それ以上頭回したら梟になっちゃうよ!」
慌てて話し掛けられ意識を現実に引き戻す。
「もしかして…」
「そうだよ」
続きは聞かずに彼女は笑った。
「欲しいものも願いごとも私持ってないの。持ち始めたら止まらなくなっちゃうんだもん」
そういいながら彼女は笑って伸びをする。


「わんちゃんは?勝ったら何て言うつもりだったの?」
そう尋ねられ、やはりふと考え込む。
自分だったら何を願っただろう。
ややあって、彼は結論にたどり着いた。

別に、彼女に望む事なんかない。

言われれば何も浮かばない。
そういえば自分も結構無欲だ。

でも

しいていうなら…


閑散とした中庭に座る二人を太陽が照らす。
ちらりと隣を覗くと質問を投げかけた彼女は太陽に顔を晒して目を閉じ、気持ち良さそうにしている。
墨のように艶やかな黒髪が太陽の光を反射し、薫る風に揺れる。
一瞬時間が止まった気がして、秀は目を逸らした。
その視界の端に自動販売機を見つけ、気まずくならないうちに立ち上がる。
その気配で彼女は目を開け、秀の背中を視線で追った。
「私ストレートティーねー!」
背後からかかる注文に返事もせずに、秀は冷たい左手で頬を覆った。


「ん。」
冷たい缶を影貴の頬に押し付け、秀はいった。
「これで満足?」
影貴は缶の冷たさを頬に感じながらほほえむ。
「大満足!」
すっと手を延ばし受け取った腕を彼が掴んだ。
「な、何…?」
驚いて尋ねた彼女の問いには答えず、彼はその腕を手元に引き寄せ、内側の手首に口付けた。
「ちょっ、ちょっとわんちゃんっ?!」
慌てて腕を振り払い引き戻した彼女の面食らった顔を見下ろす。

「…お祝い。」

あまりにも反応がマヌケで解りやすかったからか、
なんとなく彼女に勝った気がしたからか、
思わず彼の顔に
笑みが零れた…


そんな二人に誰ひとり気付くことなく、時間はゆったりと流れていた…



願いなんて、何もない。

でも

しいていうなら…


この、静かで温かい時間が

もう少しだけ

続きますように…






 

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ひっさびさの小説です!
今回は某者のリクエストにお答えして秀影。非公式か公式か、迷って結局どちらとも取れる感じになりました。
お題に沿って作ったつもりですが…叶えてない。(笑) しかもやらしいです一木秀。
手首にキスしちゃいけません。…そんな事する人初めて書いたかも。ハッハッハ…!
次回は珍しい組合せが登場予定です。