Mission2:恋する権利くらい俺にもあるよ。
-----------------------------------------------------

 

 

気候も安定し始めたとある春の夕方

丹念に磨かれた愛車と呼ぶに相応しい赤いスポーツカーの助手席には

珍しく黒髪の青年が乗っていた。




恋愛関係調整法

 

「はぁ…」
「ぁんだよ。あからさまに溜息つくなっての」
運転席には甘い亜麻色の髪に文句の付けようがない端正な顔。
そんな顔の眉間にシワを寄せ、薄い唇を悪びれもなく尖らせた。
「影貴ちゃんだったらこのまま連れ去るんだけどなぁ…」
「誘拐を堂々と公言してんじゃねえよこの変態教師」
助手席に座る青年は長めの漆黒の前髪から切れ長の赤目を覗かせ、半目で呆れ顔を浮かべた。
「ちゃっかり荷物多いからって車に乗り込んできたくせに…」
明らかに不満な顔で愚痴をいう運転手は志魔村響、彼の兄だ。
「いいだろ。どーせ家帰るんだし。重いんだよコレ」
擾の目線の先には剣道の防具が一式入った袋がある。
「久々に稽古したな…」


高校三年の夏まで擾は剣道部の主将だった。
その頃は毎日のように稽古に励み、部活が無くなった後も一人自主的に道場に通ったり庭を使って素振り等はしていた。
大学でも剣道部に入ったまではよかったのだがほぼ幽霊になりつつある。
先輩には「お前が出ないのは惜しいからこい」と言われるが、なんだかんだで時間がないのだから仕方がない。
今日は暇だったため道場に顔を出し、一汗かいたところで通り掛かった兄の車を見つけたのだった。
「何か用事あったのか?」
「僕?僕はただの仕事帰り。夕飯の買い物したけど。鯖が安かったよ」
擾は兄が買い物籠を持って魚を選ぶ姿を想像してその不似合いさに呆れ返った。
「お前さぁ…」
女生徒たちは、美人女優はトイレに行きませんの言葉張りに先生はスーパーになんて行きませんと思っているだろう。
そんな女生徒の妄想を鼻で笑う女はヒトリだけだ。
夢は夢のままがいいということか…。
「ねぇ、お前がなんなの?」
顔をこちらに向けずに尋ねた兄に「いいや」と答え、擾は欠伸を噛み殺した。


四月も終わり頃、季節は桜を終えて温かく過ぎ、人々が浮足立つ時期である。

「連休どこか行くの?」
擾の連休予定は道場通いの予定だが…多分兄が聞きたいのはその予定じゃないだろう。
「まぁ、六日は出掛けるから空けとけって言ってあるけど…」
「どこ行くの?」
思わずお前には関係ないと言いたくなったが別にやましくもないのでしれっと擾は言った。
「舞浜」
「そこらの中学生のデートと変わらないねぇ」
「ほっとけよ!行きたいって言った奴に文句言え!」
ニヤニヤ笑いながらからかう兄にいつものように言葉をぶつける。
運転席では今だ笑いが続いていた。
「わざわざスティッチのカチューシャかぶらされるの解ってて行くんだから君も物好きというか優しいというか惚れた弱みというか…」
「…スイッチ?…何言ってんだお前」
言葉の意味が理解できず眉間にシワを寄せた彼を無視して運転手はいつもの笑顔を浮かべている。

「…で、お前は?」
別に兄の予定なんか興味ないから聞きたくないが。
「…まぁねぇ…」
珍しく彼は言葉を濁した。
「僕が会いたがっても向こうは忙しいからねぇ…」
…捨てられたな、と擾はほくそ笑む。
「まぁついに化けの皮が剥がれて遊びだったのがばれたんだろ?」
こいつが真面目に女と付き合うはずがない。
昔から、女は暇潰し道具なんだろう…?

しかし、返答には微かな怒りが込められていた。
「失礼だな。僕はいつになく真面目だよ」
いつもと同じ台詞な割に伝わってくる感情は全く違う。
擾は目を細めた。
「なんだい?僕がレンアイしちゃいけないのかい?」
前を見つめる兄の目にからかいの表情はなく、瞳は一層深見を増した。
「彼女は知らないうちに割と男を引き付けるみたいだからね。いくら僕でも気になるときくらいあるよ」
その一言が彼の心理なのかそうではないのか、さほど深く付き合う兄弟ではなかった擾には解らない。
それでもなんとなく嘘を言っている雰囲気ではない。
と、擾は思ったのだが。
「なんで彼女にこんなに真剣なのか自分でも解らないけど、まぁ一足遅目の春だったね」
信号で停まったのをいいことに振り向いた彼は“いつもの笑み”を浮かべていた。
「お前の頭ん中は常に春の夜だろ」
結局いつも通りはぐらかされて彼の真相に辿り着けなかった擾は舌を鳴らした。
「ったくあいつもなんでこんなんがいいんだか…逆もしかりか…」
二人を否定して擾は呟く。
「そう?君は彼女となかなかうまが合いそうだけどねぇ」
別に自分が影貴を嫌いかを聞いた訳ではないので擾は流した。
「あわなさそうに見える方が逆によかったりするものだよ。はい到着」
いつの間にか車は見慣れた我が家に停まっていた。



柔らかな季節に導かれ、志魔村家の庭にもいつの間にか藤が咲き誇り、役目を終えた桜は青葉を育んでいる。
響は車を春のガレージに仕舞った。
何処ぞの風流人もどきな家主が季節を楽しむなどという目的で志魔村家に四つの小さな通用門を作った。
それぞれに春夏秋冬名前が付けられご丁寧に各門にガレージがあり、好きな場所に車を停められる。
といっても立地上一番近い春のガレージに響は車を停める。
冬は擾の部屋に近い為あまり利用しないらしい。

車から荷物を取りだして背負い、玄関に向かって歩き出す。
手中の鍵で金属音を奏でながら響は自嘲気味に呟いた。

「幸か不幸か…僕にも恋愛する権利くらいはあるみたいだね…」



その言葉は前を歩く弟には聞こえなかった。




……………………………………………………………………
珍しい組合せ、兄と弟。
もともとゴールデンウィーク完成予定で途中まで作ったんですが本題がなくてそのままにしていました。
書き終わって思ったんですがネタがローカルでしたね…
舞浜にあるのは千葉県が誇る某テーマパークです。
東京にあると信じてやまない田…じゃなかった地方の人間に喝!ですよ。
スティッチ云々はふざけたネタの一つですが…。
字埋めで書いたネタなのにそっちが気になりましたな(笑)
さて、テーマは「恋する権利くらい俺にもあるよ。」です。
一人称は人によって変えていいようなので問題はないかと。
結局彼の本心はよく解りませんが。それ以上にタイトル意味ありませんから。
050523