Mission3:俺と同じ匂いがする。
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学校でも聡明でしられる彼は

私生活では全く

言葉を飾らないの人なのです…




ワタシのカレは

 



六月も目の前に迫る頃、
梅雨前線より一足早くやってきた土砂降りな雨に彼女は足止めをくらっていた。
「傘忘れた…」
鞄を探っていた手をだらりと垂らしがっくり肩を落とす。
「ない日に限って降られるんだもん…」
腕時計をちらりと見つめ、校舎の軒下から曇天を見つめる。
「…蔭待ってるかなぁ…」

今日は二人で最近出来たカフェに行こうと約束をしたが、この天気ではテラスにはいられそうにない。
それどころか待ち合わせ場所までたどり着くのも一苦労なこの現状。
ともかく携帯電話を取り出し指が記憶したいつもの動作で電話をかけた。
『…降られたか…』
第一声にいきなり虚を突かれ聞き返しそうになるが、すぐ天気の事だと察しはついた。


「うん…傘なくて」
『何処にいる?』

間もなにもあったもんじゃなく即座に返答がくる。

「今…学生会館の一階に…」
『解った。待ってろ』

電話は彼女の答えも聞かずに切れた。
液晶には30秒に達さなかった通話時間通知と『電源ボタンを押してください』の文字。


唖然としかけた少女は苦笑いを浮かべて電話を閉じた。

彼はいつもそうだ。
必要最低限喋って無駄な修飾語はない。
彼の幼なじみなら、きっと何か愛を語ってくれるのだろう。
彼にはそれがない。
別に、期待してるわけじゃないけれど。
何かと事務的で、無駄が何もないのは生徒会長としては素晴らしい。

でも…
恋人としては……

少しでいい。
無駄な時間でいい。
ちょっとだけでいいから、何か声が聞きたい。
きっと用もなく電話したら切られてしまうんだろうけれど。


生徒会に入った頃、彼はやはり必要最低限を口にするだけで、こちらの動きを見ていた。

理解できない人間は捨てられるのだろうかと怯えた時期もあった。

「…懐かしい…」
わかってる。
彼はもともとがああなのだ。
それに
そんな彼を自分は好きになったのだから…


視線を落とし反応のない携帯電話を見つめる。
髪が風にゆれ、彼女は顔を上げた。
開いていた雫立つ傘を傾け、屋根の下に入り込んだ彼がいつもの微笑を浮かべていた。


「災難だったな」
軽い労いの言葉をかけ、彼は傘を壁に立てかけた。
連なる雨粒がタイルの床に水溜まりを作る。
鞄から取り出したタオルで濡れた体を拭きながら、蔭は苦笑いを浮かべた。
「あんまり傘は役に立たんな」
口調は無感情に聞こえても内心はいらついているようで、思わず笑いそうになる。
「ごめんね、折角約束してくれたのに」
「雨が悪い。お前が謝ることじゃないだろ」
口調が子供の責任転嫁のように取れなくもないが彼が言うとなにか真実みを感じてしまう。
ばれないように下を向いて笑うと彼の足元が目に入った。
黒い綿のズボンが足元と前半分、べったりと濡れて色が変わっている。
「…走ってきたの?」
急にぽつんと発した疑問を彼は聞き逃さない。
「そうだが。よく解ったな」
この濡れようからしてかなりのスピード、距離を走ってきたのかもしれない。
息が上がっているわけでもなく全く気付かなかった彼女は、彼が長距離を得意としていたことに気付いた。
わざわざここまで走って来てくれたのだろう…

「どこに行きたい?」
「え?」
唐突にかけられた言葉に顔を上げるとこちらを見下ろす視線と目があった。
「こんなところにいても仕方がない。静かな場所に移動しよう」
「え、ええ」
否定する理由もないし、このままで風邪を引かれては申し訳ない。
雨宿りも兼ねて二人は近くのラウンジに移動することにした。

広げられた黒い傘に入り込むと肩を抱き寄せられ、思わずびくりと肩が上がった。
「どうした?濡れるぞ」
「あ、ううん…」
悪びれもなくこういう行動が出来るのも彼の特権かもしれない…
さりげなく置かれた肩の手をちらりと見て視線を反らすと、彼はぽつんと呟いた。
「月花はいつもいい匂いがするな…」
「え?!」
驚いて思わず顔を上げると、蔭は口をへの字にして目線を泳がせた。
「いや、別に…気にするな」
視線を反らされ、聞かなかったことにしようと下を向いたが、逆に血が上って頬が熱くなる。
運よく目の前に入口が迫っていたので二人は気まずくならずに建物に入った。


濡れた服を拭いていた月花のハンカチは瞬く間に機能を果たさなくなった。
「それにしてもひどい雨だな」
そう呟いて蔭は大きなタオルを月花の頭に被せた。
「あ、ありがとう」
深緑の髪は水を吸って重たく光る。
月花がのばした手を自然としりぞけ、蔭はその一本一本を愛でるように丁寧にタオルで拭いた。
「あ、あの…っ」
蔭は気付かない。
月花は恥ずかしくなって辺りを見回した。
今日は流石にあまり利用者がいない。
しかし学内の有名人が二人揃ってこんなことをしていて目立たないはずがない。
すでに何人かの人がこちらに気付いて見つめている。
気まずく感じて月花は俯いた。
「どうした?気分悪いのか?」
蔭が心配そうに首を傾げ月花を覗き込んだ。
朱い頬がばれないように首を振ると、蔭はタオルを頭に残したまま隣に腰掛けた。
その白い色がふと視界に入り、月花は何かの違和感に気付いた。
「このタオル…」
自宅の洗面所にありそうなこの大きさは普段持ち歩くには大きすぎる。
なぜこんなものが彼の鞄に…?
タオルを掴んで彼を見つめると、考え込んでいた月花を楽しむように笑みを浮かべ机に肘を立てた彼がいた。
「…な、なに…?」
珍しく何かを企むような目付きに戸惑いが隠せない。
「いや…」
白いタオルがはらりと舞い落ち、艶やかに光る髪をあらわにした。
慌ててタオルを被り直そうとした彼女の手をやんわりと払いのけ、彼は長い髪を一房すくって引き寄せた。

「いつ見ても…綺麗な髪だな…」

流れる髪よりもさらりとそんな台詞を言ってのけ、彼はその髪に口付けた。


頬を真っ赤に染めて口が塞がらない彼女も

遠くでひそひそと呟き興奮している他人も

全て無視して…


しかし本人はなにやら嬉しそうに笑って呟いた。
「この匂いもいいな…」


……俺と同じ匂いがする……






月花は回らぬ頭で気付く。



ワタシのカレは…



 

 

 

 

 



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…左利き(違)第三弾は彼等です。テーマは「俺と同じ匂いがする」。
会長小悪魔ぶり発揮。実は目を細めて笑うと一番意地悪そうな顔になりますよ彼は。
え?自然と肩組んだりして素敵?んなわけないじゃん。狙ってやってんだよ彼は。
だから彼は志魔村家の幼なじみで姉はアレですってば。気付いて皆!
なぜタオルを持っていたか、文字数の都合で割愛しましたが体育があったからです。
雨で中止になって使わなかったけど役に立ったね!ってとこで。
050525