Mission4:その妄想声に出ちゃってるよー?
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進路志望面談最終日

夕日の差し込む教室で

二人は静かに向かい合った。


進路志望決定版




「お待たせしました」
「いえ、お疲れ様です」

机二つを挟み、膝を付き合わせた二人の間を夕日を受けた生温い風が通り抜けた。
時刻は五時を過ぎただろうか。
普段は賑やかな教室も今は誰もいない。
外では歓談する女子生徒の声が聞こえる。

ややあって、片方が沈黙を破った。
「先生これで面接終わりなんですよね」
「そうだね。君が最後だね」
先生と呼ばれた彼はファイルから書類を引き出して一瞥すると、おもむろに立ち上がった。
教室のドアを開け、騒いでいた女子生徒に語りかけるように低めの声をかける。
「…悪いんだけど、これから大切な面接なんだ。用がなければ退出してほしいんだけどな…」
女子生徒は立ち上がり夕日のように頬を染めて挨拶すると廊下にはすっかり人の気配が消えた。


「ごめんね。煩かったでしょう」
「いえ…」
こちらを見つめていた少女は教師が振り向くと前に向き直った。
教師はドアから遠巻きに椅子に座る少女を見つめる。

ぱりっとした白いシャツを朱に染め、はらりと落ちる髪を耳の後ろへかきあげる。
一重の聡明な瞳は前一点を見つめ輝く。


ちらりと、
一年前のような『破壊』の衝動を感じた。

迷いなく貫く瞳を濁し
崇高な彼女の精神を汚し
その柔らかで華奢な肢体を組み敷いて

犯してしまいたいと思う

そんなよこしまな念いを振り切って、彼はもといた席に座った。


「さて、始めましょうか。音尾さん」
「どうぞ始めてください。志魔村先生」
少女は居住まいを正し正面を向いた。
「まぁ面接なんかする必要もないんだけどね」
教師は長めの前髪をかきあげて横に流した。
「そうなんですけどね」
引き結んだ唇を解いて少女は笑った。


少女の名は音尾影貴。
この学園運営のほとんどを任される生徒会長と毎回ほぼ満点を取る首席、
二足の鞋を器用に操る学園内の有名人は、実は奨学生である。
苦学生というほど生活が苦しいわけではないが、裕福絶頂な家ではない。
この学園に通う理由は唯一つ、彼女の成績故学費が全額免除になるからだ。
本当は高校卒業後社会に出ようと考えていた。
しかし、大学側からすれば彼女を手放すのは惜しい。
全国模試でも何度も表彰された彼女の元へは私立大学から水面下で進学の話が舞い込んだ。
もちろん、彩社学園からも…
家庭財政が良い方向に向かい始めたこともあり彼女は進学を決意した。


「私のいく場所は一つしかないって決めてますから」

後ろめたいと思うときもあるけれど
許されるなら、勉学を続けたい…

「そこまで決めてるなんて嬉しいよ」
端正な顔立ちに真顔で微笑まれ、少女ははにかむ。
「いえ…、自分のことだから、当然のことです」
にこにこと満面の笑みを浮かべ真紅の瞳を細めて教師は言った。
「いつにしようか?僕はいつでも構わないよ」
「あ、えっと…忙しくて何も出来てないから出来次第…」
いくら成績優秀でもタダでは進学できないこのご時世。
彼女の頭脳からして形だけのものになりそうだが、一応課題がある。それが英論文であった。
英論文を読むのは簡単なのだが、それを要約して自己表現するのは難しい。
英論文はもともと構成がしっかりしているため手が出ないときも少なくない。
一人での不安は多少あるが、そういう点で英語慣れした彼の救いの手は頼もしい。
「頼りにしてます」
ぺこりと頭を下げると教師は「いやいや」と手を振った。
「影貴ちゃんがその気ならこっちはいつでも構わないから、一部屋準備して待ってるね」

「…………は?」

影貴は言葉を理解しそこねて眉間にしわをよせる。
教師は聞いていない。
「卒業後のつもりだったけど出来たら直ぐにでも同棲してくれるなんて影貴ちゃんったらホント積極的だね。見習わなくちゃ」
「…どう、せい…?」
眉間にシワを寄せたまま首を傾げる。
嫌な予感が否めない。
「え?だって、高校出たら嫁いでくれるんでしょ?」
「……誰が…?」
影貴の表情にいつもの引き攣り笑いが帰ってくる。
響は急に目を細め真剣な顔をした。
「誰もいない。恥ずかしがらなくていいんだよ。大学と僕とどっちを選…」
「大学」
きっぱり言い切った影貴の言葉に美麗な顔を思いっきり歪めて響は騒ぐ。
「酷い!えーちゃん、話が違う!」
「どこがどう違うって…?」
夕日の眩しさにも紛れない、くっきりとした青筋が影貴の額に走った。
「違いすぎだよ!僕をたぶらかして遊んでたんだね!」
「お前にだけはその台詞言われたくないわ!」
思わず立ち上がり教師の人格否定をする影貴を差し置き、響は語り続ける。
「キングサイズベッドで夜通し愛を語って朝はおはようのキスで起こして貰って
 特製ラブラブ愛妻弁当持って行けると思ったのに…!でんぶのハートも大歓迎だよ!」
「うわぁ…妄想垂れ流し…」
呆れて言い返す気も失せる。
響の妄想は留まる所を知らない。
「子供は二人だね。可愛いえーちゃん似の娘と僕似の息子!休みの日はピクニック」
「気色悪…」
「悪くないよ!僕真面目だよ!もう24なのに…婚期逃しちゃうよ…!」
「いや、もう色々有り得ないし。
 てゆーか先生なら死にかけでも皆喜んで貰ってくれるから大丈夫。せいぜい働きな」
頷きながら勝手に納得して影貴は帰り始めた。その腕を響が掴む。
「…僕のことは嫌いだからどうでもいいんだね!」
「好きだけど今は大学なの!真面目に面接してくれると思ったのにいい加減なのはそっちじゃ…」

にんまりとこちらを見下ろす瞳に言葉の続きが出てこない。

「勝ぁ〜った!」
「…………!!」


…しまった。

私…今何て言った…!?


背後から腕を引き寄せられてよろめく。
夕日に伸びる二本の長い影が交わり、彼女は恐る恐る顔を上げた。
屈んだ上半身が耳元で囁く。


「僕も愛してるから気長に待ってるよ…」


とんっと背中を押され、影貴は振り返らずに扉から姿を消した。



空は橙色から紫色に染まっていた…













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お題:その妄想声に出ちゃってるよー?:でした。如何でしょうか。
やっぱりこの二人書きやすいです。
結局彼はそれが聞きたくて自作自演してたのか…策士な…(笑)
因みに橙は影貴、紫は志魔村家の色ですヨー。
050526