あの日
綺麗な秋の空が広がっていたはずだった
急に乙女心の様に気分を変えたその空は
私の運命を変えた
とある嵐の夜
その日、私は蔭に誘われクラシックのコンサートを見に行った。その帰りの事…
「なんだか…空模様がおかしい…」
月花は車窓から真っ黒になった空を眺めて呟いた。
「さっきまで良い天気だったのにな…」
人の疎らな電車の唯一のボックスシート車両に二人、向かい合って空を眺める。
「もうすぐ高校ね」
蔭は月花を家まで送るつもりだったので、降りる準備はしていなかった。
〜まもなく〜
車掌が駅の名を告げる…その時だった
ザ−−−ッ
凄い音を立て雨が降り始めた。雨の雫が勢いよく電車を打ち付ける。雷鳴が轟き、音を立てて風が吹き荒れる。電車が駅に着いた時、車内に放送が流れた。
〜強風豪雨の為一旦電車を停止致します
二人は改札を出た。雨は中々止まない。
「…うちに…来るか…?」
不意に蔭が尋ねた
「ここにいても仕方ない…俺の家で良ければ…いや、だ、大丈夫だっ、親がいる」
誤解をとくように蔭は言いながら月花の返事を待った。
「お邪魔じゃなかったら…雨が止む迄…」
月花は微笑んだ。蔭はほっとして携帯を取り出し家に電話をかけた。
「もしもし?俺だが…今駅にいるから風呂でも沸かしておいてくれないか?友人が…え?今横浜で電車止まって今日は帰らない?家は?え!?」
電話は電波の妨害を受け虚しく切れた。
「…というわけなんだが…」
複雑な表情を浮かべ蔭は月花の方を向いた。月花は顔を赤らめながらこくんと頷いた。
「行くぞ」
蔭は月花の手をつかむと嵐の中に飛び込んだ。雨が二人を濡らしていく。そんなに長く走った気はしなかった。気付くとそこは見知らぬ家…隣の人にとっては見慣れた家の玄関だった。
「誰もいないのか?」
真っ暗な家の中に向かって叫んだ後蔭は濡れた頭に手を置いた。
「困ったな…タオル取ってくる」
蔭は風呂のスイッチを入れバスタオルを抱えて戻ってきた。そして月花をとある部屋に連れて行った。
「ここは…?」
「姉の部屋だ。今は使ってないがな…この中から適当に服とか…選んで着てくれ。確か大体の物は新品だと言っていたからな…俺は居間にいる。音鳴ったら風呂入ってくれ。風邪引かれると困るからな…」
言うだけ言って蔭は姿を消した。所々間があったが、その部分で彼が言いたい事は月花にはきちんと伝わっていた。小さな引き出しを開け、綺麗に整理された中から感性で選びタグを外す。そして大きなタンスの扉を開ける。中の服を見て月花が唖然とした時、風呂の音が響いた。
「…お先に…洗濯物はどうしたら良い?」
居間で黙々と新聞を読む蔭に向かってドアの前から月花は尋ねた。
「洗濯・乾燥していいなら洗濯機に入れてくれ」
蔭は立ち上がると月花がいる方とは別の道を通り風呂へ行った。しばらくして蔭が缶ジュースを持って居間に来ると、長い髪を降ろした月花がソファに座ってニュースを見ていた。風呂上がりの後ろ姿は去年の生徒会旅行以来だったが…やはりなんともいえない色気があった。テレビに視線を向けたまま何気なく隣に座りジュースを渡す。
「どうだ?雨は止みそうか?」
「いえ…余計酷くなってるみたい」
その言葉を聞いた後何気ない気持ちで月花の方を振り返った蔭は缶を落としそうになった。
月花の着ていたのは黒のワンピース…月花の細い体にピッタリしているのは良いのだが…足の付け根あたりまで見事にスリットが入り、布地はさらっとしていたが所々は黒のレースで腰や胸の谷間が透けて見えそうだった…
「あっあのっ…これが一番露出度少なくて…」
月花はほてった頬をさらに真っ赤にした。
…あンの馬鹿姉め…計ったな…
「すまない…あいつは響側の人間だという事を忘れていた…」
蔭は頭を抱えてぐったりした。
「俺の服を借そう。来い」
月花はテレビを消して後ろをついて行った。
初めて入る蔭の部屋。綺麗に整頓され塵一つない。
蔭は黒い上着とズボンを渡すとカーテンを閉めにベランダの扉に近づいた。
時刻は九時。外は相変わらず。
カーテンを閉めると空が急に明るくなり凄い音を立てて雷が鳴る。それと同時に背中が急に温かくなった。
「月花…?」
返事が来ない。細い指が蔭の服を掴む。
「…今夜…一緒にいたい…」
蔭はドキッとして振り返る。
「…なら一階の姉の部「ここで…離れたくない…」
声が震えている。
「な、なん「っ御免なさいっ」
怯えた甘い声に思わず唾を飲む。そっと月花は手を離した。
「私…何言ってるんだろ…忘れて下さっ」
逃げようとした月花を蔭は引っ張って抱き寄せた。蔭の大きな手が小さな月花の頭を包む。
「お前はそれで…いいのか…?」
月花は小さく頷く。蔭の服が温かく濡れる。
蔭が月花に深く口付け、背中に手をまわし、肩の紐に手を掛けた時…激しい雷鳴と共に家中の明かりが二人を闇の中へと引きずり込んだ。
雷が全ての音を掻き消す
時折明るく光る空がカーテンを通し二人の影を映し出す
その中で
二人は耳元に互いの愛を誓い
闇に溶けた
蔭が朝陽で目を覚ました時、横には長いまつげを濡らし、沿う様に眠る愛しい人の姿があった。蒲団から見える肩が彼女の姿を想像させ、蔭は思わず顔を背ける。月花も目を覚ました時正面に見えた服を探す蔭を見て顔を背けた。
「とりあえず…服は何処だ…?」
やっとシャツ以外の服を見つけ蔭は着替えると、玄関チャイムの音が響いた。ぞっとして蔭はベランダに飛び出し人影を確かめる。
「…擾だ…」
**20020811**