琉は少女を見た瞬間に表情を変え

怯える少女を上に上らせた

aqua 第二部 7

 


「…影貴…」
ふと動いた唇に影貴は戸惑いの色を見せた。
「…な、何故私の…」
その問いには答えず、琉は大きな手で愛おしそうに影貴の頬を包んだ。
「…影貴なんだね…」

琉は目の前に影貴を立たせ静かに言った。
「…きっともう覚えていないだろう…」



「君は何故自分が村のはずれで奴隷身分のような扱いを受けているか解るかい?」
影貴は静かに首を振った。
琉は頷く。
「…私たちの耳を見てごらん」

影貴は髪をかきあげた琉と灯明、蒼一を見た。

彼等には沢山のピアスの穴がなかった。


「…もし、君の生まれた国が違っていたら…この意味が解るかい?」


その問いに影貴は呆然と固まった。
灯明と蒼一も顔を見合わせる。

「私には一人、娘がいたんだが、昔隣国に人質で取られていてね。以来魔力は衰える一方…
私は君を探していたんだよ…」


琉はすっと椅子から立ち上がり目の前にいた影貴を強く抱きしめた。
後ろにいた灯明は呆然と蒼一に尋ねた。
「あのムスメ王様の子なのっ!?」
「いや、あの…僕もですねぇ、詳しいことは解らないんですが…」
頭をかきながら蒼一はぼそぼそといった。

影貴は慌ててその腕から抜け出そうと真っ赤になってもがいた。
「ひっ、人違いですっ!私は力なんか、私はなにも!」
「…君が王女である印がある」
琉は耳にはめられたパールのピアスを取り外し穴をゆっくり撫でた。
するとそこに穴の跡は無くなり、影貴を鮮やかな光が包み込んだ。
眩しさに瞳を閉じていた影貴がゆっくりと辺りを見回すと、足元の鰭が太陽の恵みを受けてきらきらと
光り輝き、黒い髪は足元まで伸びてたおやかに揺れていた。

「…それが君の力だよ」
惚れ惚れと見つめる琉に混乱する影貴は尋ねた。
「私が…王女?本当に…そんな力が…?」
「…向こうの力で抑えられていたのだろう…」
琉は外したピアスを取ろうと手を延ばした影貴の指をかわし、傍らの深いグラスにピアスを落とした。
頭を撫でて影貴を落ち着かせ琉は言った。
「灯明、彼女を一度部屋へ」
「はい」
灯明は呆然とする影貴を連れ部屋を出ていった。


「…王、彼女は…」
「ああ、正真正銘、私の娘だよ。向こうの国が人質に掠っていたのさ。
娘の監視を付けてね…変だろう?奴隷身分が城に入れるだなんて」
蒼一は頷いた。
「彼女には言わなかったがね、今日君達をすぐに帰還させた理由は…もう隣国の王が奪った魔力を
奪い返す必要が無くなったからだよ…見ただろう、今の力を。あれは彼女自身の魔力なんだよ」
「しかし…彼女がいても私たちの魔力は…」
「今以上になるよ」
琉は髪をかきあげる。
「彼女がこの国の母となるのだから…」







「どういうことだよ…?」
「あの子は人質ってことなんか…?」
息子の質問攻めに父は静かに答えた。

「確かに人質という言い方が一番近いだろうな。彼女には凄まじい魔力があって
それを野放しにするわけにはいかなかった。
今までそれを私の力とあのピアスで封印していたんだが…」
急に胸をおさえ王は言葉を止めた。
「封印が…解かれたようだな…」

「はやく、彼女を取り戻さなくては…、」
その先を話さず王は目で訴える。
「私が行きます」
担架を切ったのは響だった。
「彼女は一生を誓った人です。必ず取り戻して見せます」
「俺もいく」
立ち上がった擾を祥が止めた。
「駄目です!親王様が行くには危険が大きすぎます!もし何かあったら…」
「俺はそんなにやわに育っちゃいねぇよ」
振り返った擾は涼子と目があい一瞬戸惑いを見せたが決意を変える様子はなかった…






その頃、琉の前には二人の青年がいた。
「内親王の御帰還、誠におめでとう御座致ます」
「心よりお祝い申し上げます」
恭しく礼をする二人の面を上げさせ琉はいった。
「娘を一番大切にすることが出来る者一人に娘を授けたい」
二人は再び頭を下げる。
「まだこちらには慣れていなくてな、君達の事は伏せてある。悟られぬよう仲良くしてやってくれ」
「はい」
「…御意」
二人は返事をして出ていく。
その後ろ姿を確認し、側に控えていた恭一に琉は尋ねた。
「今のが稚弘と秀だよ。二人ともやんごとなき家の息子ではあるが…難有な所もあってね…
どちらがいいと思う?」
恭一は首を傾げた。
「私には解りかねます」
「…だろうね」





ドレスのような純白の上着を着せられ影貴は鏡の前に立った。
「この国では服を着るのですか?」
側にいた灯明は頷いた。
「あの国だけよ、あんな恥ずかしい恰好でいるの」
「そ、そうなんですか…」
影貴は恥ずかしそうに俯いて服の裾を引っ張った。
「あの…あのピアスは返して頂けないのでしょうか…?あれは…」
「さあ?でももうする穴ないじゃない」
灯明の言葉に慌てて影貴は耳を触った。
「…そ、そう…ですよね…」

そんな姿を横目で見ながら灯明は彼女にそんな大層な力があるのかと懐疑の念にかられていた。
ふと目があうと少女は戸惑いながら笑顔を作り灯明に手を延ばした。
「髪の毛が肩についてます」
少女の指が灯明の肩に触れた途端、灯明の中に電流が流れるように気が入ってくるのが解った。

「…これが…チカラ…」

「…?」
首を傾げた少女を見つめ、灯明はその力の大きさをはっきりと感じ取っていた…





=========
そんなこんなで第三話。
話がごちゃごちゃしてますね…やっと影貴の素性が解った辺りで。
そろそろ舞台が調い始めたので主役の御登場といきましょうかね…
戻る NEXT→