それは12月
寒さが身に染みる
そんな午後の事
SABRINA
もう彼女が来て二ケ月たつ。
今では違和感のない、二人で過ごす部屋。
彼女は恭一が作った小さな鉛筆で字を書くようになった。
とはいえ相変わらずぽけっとしていることが大体だし笑顔はそのままだ。
そしてもちろん名前は思い出さない…
「きょいち」
枕に腕をついて、彼女は笑顔で話し掛けた。
「まだ起きてたのか?」
彼女は笑顔で頷く。
「くりすますってなぁに?」
「クリスマス?」
彼女は頷く。
「ともやんがね、おしえてくれたの。“ぷれぜんと”っていうのあげるんだって」
ともやんとは恭一の級友トモヤのことだ。
「つまり、お前もなにか欲しいわけだな?」
小さな額に指をぶつけると彼女は照れながら額をさすった。
「ぇへへ、きょいちはなにほしぃ?」
「俺?」
大して欲しいものなど浮かばない。
それ以前に彼女が出来ることは少ない。
「そうだな、二人で街の中歩いて…ケーキでも食うか」
論点はずれたが彼女は嬉しそうに笑った。
「お前は?」
「ひぃみつっ!」
彼女は蒲団をかぶって寝てしまった。
天井を見上げ、恭一はぼーっとしていた。
あれ以来菊本さんとは接触がない。
もっと早く解っていればお互い傷つかなくて済んだであろう。
しかし…
その場合彼女は今隣にいないことになる。
恭一はどちらが良かったのかも選べずにいた。
今は今で十分幸せなのだ。
小さな彼女を胸ポケットに入れていると心まで温かくなる。
彼女が小さな体いっぱいに笑みを浮かべるとふっと空気が和らぐような感じがする。
彼女は平凡な生活に花を添えてくれた。
「きょいちっ」
週末、町を歩いていた時急に彼女が呼び止めた。
「えーちゃんあれほしぃッ!」
白い息を吐きながら彼女が指差した先に、まばゆいウィンドウがあった。
「…あれはお前は着れないぞ」
彼女はマフラーを引っ張る。
「きょいちつくれない…?」
恭一は眉間に皺を寄せる。
「…難しいな」
「そっかぁ…」
彼女は残念そうに胸ポケットに戻った。
「やっぱりああいうモン欲しがるんだ…」
プリントの裏に服の型紙を取り、今日見せられたものを思い出す。
この二ヶ月何が上手くなったかといえば悲しいことに裁縫だ。
しかし、あれを作るのは難しい。
恭一は代用品を考え白い息を吐いて唸っていた。
当の彼女は気持ち良さそうに寝ている。
恭一は一人暗い部屋に溜息を吐き出した。
そんな日が続いてしばらく。
日付は12月24日
寝る前に、恭一は彼女を呼んだ。
「なぁに?」
椅子に座った恭一と机に立って向かい合う彼女は楽しそうに笑った。
「プレゼントだ」
机の引き出しを開け、服を取り出すと彼女は驚きの声を上げた。
「きょいちっ!」
その服を手渡すと彼女は急いで服を着替えた。
純白の、ひらひらしたドレスが彼女にまとわれる。
「じっとしてろよ」
レースで作ったベールをかけ、頭に針金のティアラをのせる。
「どうだ?」
鏡を置くと彼女は釘付けになって自分の姿を見つめた。
「すごいキレイ…これきょいち作ったの?ビーズキラキラ…ひらひらしてるっ!ありがとうっ!ありがとうきょいち!」
くるくると回って最高の笑顔で彼女は言った。
「ねぇきょいち、この服なんていうの?」
きっとそんなことだろうと思った。恭一も笑う。
「ウェディングドレスっていって結婚する時に着る服だよ」
「うぇでぃ…けっこん?」
彼女は首を傾げた。
「まだお前には当分無理だな、ほら脱げ脱げ。寝るぞ」
彼女は首を振る。
「今日はこれきて寝る。トナリいれてっ」
「仕方ないやつ…」
脇に彼女を降ろし、恭一はベールを上げた。
「おやすみ…」
頬に『ごっつんこ』すると彼女は照れ隠しに騒いだ。
「きょいちなんで場所かえたのっ?なんで?なんでっ!?」
恭一はベールとティアラを籠の中に置いて蒲団に潜った。
「今日から昇進な」
「しょぅしん?」
真っ赤になって尋ね返すドレス姿の彼女をしっかり見つめる訳でもなく、恭一は眠りについた。
これが彼女の
最後の姿とも知らずに…
翌朝、恭一は寝苦しさを覚えて目を覚ました。
「狭い…」
目を開けずに起き上がり、伸びをする。
「おい、おきろ。朝だ……ぞ……」
振り返った先に寝ているのは、『彼女』ではなかった。
木炭のような髪、白い肌、長いまつげ、自分と背格好の変わらない少女が…気持ち良さそうに眠っていた…
「きょ…いち…」
少女はゆっくり体を起こし、寒そうに蒲団を羽織った。
「お前…なんでそんな…」
「…!?」
恭一に言われ、少女は我に帰った。
「私…大きくなってる…なん、で…?」
なにかを思い出した少女は慌ててあたりを探る。
「ぁ…」
昨日着ていた服が
すでに破れた布の姿で
おちていた…
「き…きょういち…」
混乱して泣き出しそうな彼女のまつげが濡れ、細い指を恭一に延ばす。
恭一は
その手を握れなかった
そこらへんにあった自分の服をその手に押し付け、彼女の方は見ずに部屋を出ていってしまった。
「きょ…いち…」
服を着て降りていくと恭一と玄関で擦れ違った。
「きょういち、どこいくのっ?」
「…どこだっていいだろ」
コートを着込み靴を履く背中に彼女は問いかける。
「じゃあ私も一緒に行く。いつも一緒…」
「どうやって一緒に来るんだよ!」
背を向けたまま恭一は言った。
「そんなでっかいやつなんか連れて行けるかよ!俺は小さいお前を可愛がってただけだ!前触れもなくでかくなって、約束やぶりやがって…」
恭一はドアをあけ、振り向いた。
「見たくない。消えろ」
「…っ!」
扉は無機質な音を立てて閉まる。
二人の間を冷たい風が走った。
クリスマスの朝だった。
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