温泉旅行編



   





前回までの粗筋。

温泉旅行に来た俺達は

テニスコートに来たわけだが

なぜか影貴がキレた。

話はそこから始まるワケ。

  以上語り:祥









+++ 温泉旅行編 +++





「センパイ?」

部屋の前に立っていた稚弘に呼ばれ、影貴は振り返った。

「あ…あの、どうしました?」

思わず足に目が行ってしまった稚弘は無理矢理顔を上げてたずねた。

 

「…着替えてくるから…散歩付き合ってくれる?」

影貴の柔らかい笑みに稚弘もつられて頷いた。

 

 

 

 

二人でサッカーグラウンドの見えるベンチに座る。

今稚弘の隣にいる影貴は黒のロングコートを羽織り寒そうに手を擦り合わせている。

思い出したようにポケットから手袋を出して差し出すと、影貴は笑顔でそれを受け取った。

「ちいちゃんは優しいね」

にこっと笑うとえくぼが出来る影貴の微笑みは昔と変わってない。

「あの…寒かったら戻ります?」

「…いい。もうちょっといる…ちぃちゃん先戻っていいよ」

稚弘は「いえ」と一言返事をして遠くを見つめた。

 

 

 

「…怒ってる…?」

こちらの機嫌を伺うように呟いた影貴に稚弘は首を傾げた。

「なにがですか?」

 

「…ごめんなさい、って…言ったこと…」

稚弘は一瞬考えこんだが、すぐに話を理解したらしく横に首を振った。

 

「なんで怒らなきゃいけないんですか?」

振り向くと、影貴も何処か遠くを見つめていた。

 

「…強いんだね」

影貴は遠くのなにかに向かって呟くように話す。

「私がちいちゃんだったら…耐えられないや…」

 

稚弘はそんな彼女の横顔をじっとみつめていた。

 

「俺はあの時何も言えなかった方が今耐えられなかったと思いますよ」

 

そういうもんかな?と首を傾げた影貴に、そうですよ、と念を押した。

 

「俺は逆に…今でも昔と同じように接してくれるから…嬉しいです」

「…そういうのって変わるもんなの?」

きょとんと振り返った影貴に思わず笑ってしまう。

「っ…かわらないんですかぁ?」

急に笑い始めた自分を不思議そうに見つめる影貴が瞳に映った。

 

 

 

…ああ、自分はこういうところが好きだったんだなぁ…

 

 

 

稚弘は心の隅で呟いた。

 

 

 

「もう帰ろっか、寒いよね、付き合わせて御免ね」

影貴は立ち上がると稚弘の両手をとって引っ張った。

「ちいちゃん今何センチあるの?」

立ち上がった稚弘を見上げていたことに気付いた影貴はつい尋ねてしまった。

「百七十…三・四、ってとこじゃないですかね?」

「うわぁー大きくなったねぇ〜」

感嘆の声をあげながらまるで空を見上げるような目をしたので稚弘はまた笑ってしまった。

 

「…先輩はやっぱり可愛いです」

 

 

「へ?」

 

 

 

 

稚弘は

北風の悪戯で露になった

影貴の額に

軽く口付けた

 

 

 

 

「ち、ちいちゃっ!?」

「先輩は無防備過ぎるんですよ」

握られた右手をゆっくり離し、証拠を隠すように影貴の前髪を直して稚弘は笑った。

「風邪引いちゃいますよ、帰りましょ」

 

 

 

 

 

タイミングを失った左手は繋がれたままだった。

手袋ごしの小さな手は、やっぱり温かかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、俺はここで…」

ロビーに入ると稚弘は小さくなにかを指差して言った。

指の先はラウンジで…人の姿が見えた。

「じゃ、また後で」

軽く会釈すると稚弘は部屋へと歩いていった。

「ありがとう…」

背を向けた稚弘は振り向かずに手を振って姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「…せんせっ」

背中を軽く叩くと響は振り返っていつものように笑いかけた。

「どこにいたの?」

「へへ…ちょっとね」

無意識に前髪を整えて影貴は向かいに座った。

「探しちゃった?」

「もちろん」

「ほんとにぃ?」

テーブルに置かれた、飲み干されてシミの環が出来たコーヒーカップを覗き込んで影貴が笑った。

「そういうとこは鋭いなぁ」

響は苦笑した。

 

 

 

そこは窓際のテーブルで、高台にあったホテルから敷地内が良く見えた。

低い太陽からの日差しがよく入る。

 

「おヘソは見つかったかい?」

「お蔭さまで、前に戻ってきましたよ」

響が頼んでくれたレモンティーで喉を潤し、影貴は言った。

「尋乃ちゃん心配してたよ?」

「いいのよちょっとくらい」

へそがまた出掛け始めようとしたのを悟ったのだろう。

響はまた苦く笑う。

響と少しだけ目をあわせて、再び影貴は顔を外に向けた。

 

 

 

 

「先生?」

「ん?」

 

 

「あのさ…」

 

 

 

 

 

================================

スペースの都合により次回へあと回し。
ちいちゃんやっとサッカーの甲斐あって大きくなりました。
ちょっと大人にちょっと大胆になりました。公式えーちひ風味。

03.8.17     ねくすと。