温泉旅行編



   





前回までの粗筋。

私とちぃちゃんは散歩から帰ってきた。

ラウンジで先生を見つけて少しお話ししたんだけど。

なんだか

とんでもない勘違いを生んでしまったみたい。

そんな事ある訳無いでしょ!

陽も傾いた夕方、私たちは夕飯前に温泉街に出掛けた…

  以上語:影貴









+++ 温泉旅行編 +++





「すっげーっ」

温泉街に来た恒は感嘆の声を上げる。

「どっから行く!?俺全部入りてぇ」

「のぼせるぞ」

擾に冷たく突っ込まれたが大して気にもせずに祥に問う。

「そうだな…混浴もあ」

「それは聞いてねぇ」

恒が祥の耳を引っ張ると皆が笑った。

 

 

とりあえず一行は手近な露天風呂に行った。
「じゃ、また後でね」
「おぅ、バッチリ覗いてやるぜ」
祥の過ぎた冗談は周囲の殺気を買ったが本人は気にせず男湯に入って行った。
「じゃ、しっかり磨いてくるんだよ」
入口に佇む女性陣に優雅に微笑んで、響も暖簾の向こうへ姿を消した。

適当に体を洗い、影貴と尋乃は貸し切りに近い露天風呂で夕方の風をあびていた 。
「ふぁぁぁいいお湯…」
首までとっぷり湯に使った尋乃は目を閉じて呟いた。
「あったかいのぉ〜」
「えーちゃんばばくさい」
湯の中で伸びる影貴に突っ込んで、尋乃は影貴の細腰をつっついた。
「えーちゃん細くていいなぁ〜」
「今だけ今だけ」
流石に慣れて来たのか、はたまたもう諦めたか、影貴は止める気もないらしい。
「先生ムラムラしちゃうよねー」
「シマムラだけに」
「…えーちゃんよくそんな古い切り替えし覚えてるね…」
「まぁね」
竹と柴垣の壁を背に石にもたれ掛かって淡々と二人はそんな話を続けている。
「尋乃の方がナイスバディなくせにー」
「あはー先輩には負けるもんねー」
静かに湯に浸かった月花は突如話を振られドギマギしながら首を振った。
「いーなーかいちょーしあわせもーん」
「からかうネタが出来たなぁ…」
温泉に酔い始めた影貴がうっとりとしながら目を細め、にんまり笑うと月花は苦笑いを浮かべて聞かなかったふりをした。
薄紫に陰り始めた空には頼りない月が光り、夕刻の風と風呂の温かさが絶妙に心地よかった。

 

ちょうどその頃、一足先に露天に浸かった稚弘は湯舟の端で一人自己嫌悪に近い状態で真っ赤になっていた。
「ど、どうしよ…せ、先輩に…キッ…キスしちゃっ…た…」
といっても額になのだが、未だに唇に感触が残っている気がして思い出すだけで体が熱くなる。
(雰囲気であんなことするんじゃなかった…!)
『あんなこと』しても影貴に嫌がる様子がなかったのは良かったのか悪かったのか、さらに彼の心に引っ掛かるらしい。
(…先輩細かったな…)
「…えーちゃん細くていいなぁ〜」
「えっ…!?」
突如聞き慣れた声に思考を遮られ、立ち上がって周りを見渡したが、周りには誰もいない。
(今龍倉先輩の声が…)
ふと後ろを振り返り、柴で出来た壁を見つめる。
(あ…)
奥が女湯なのだと悟った稚弘は苦笑いしながら座り込んで…呆然としてしまった 。

…女湯が見える…

隙間なんてもんじゃない。バッチリ見えるのだ。
現に彼の瞳には黒髪と茶髪の後頭部がくっきりと映っていた。

(…ど…どうしよ…?!)
とりあえず知らないふりをしてくるりと後ろを向き、この場所を動かないことにした。
(俺がここにいればほかのやつは気付かないはず…)
ちらりと後ろを向くと影貴と尋乃が湯をかけあって遊んでいるのが見え、稚弘は無理矢理頭を戻した。

(ダメだオレ…のぼせ死ぬ…!)

「おお、はえーな稚弘。…大丈夫か顔真っ赤だぞ?」
顔を上げるとそこには髪を結い上げた祥と恒、柚樹がいた。
「いや、別に…」
「倒れる前に上がったら?」
「いや…」
ふらりと頭を振った稚弘の後ろを見逃さなかったのは祥だった。
「なっ、お前ここ…!」
「あっ先輩っ!」
ずいと引っ張られて退かされた稚弘の場所には祥が陣取る。
「あらあら…ナイト様してたの?あ、独り占めかな?」
柚樹はニコニコ笑って稚弘を見つめた。
半分朦朧とする頭を振り払って稚弘は祥を止める。
「先輩っダメですっ!犯罪ですっ!」
「いーじゃねーかもともと深夜はここ混浴なんだし」
「よくありませんーっっ」

「っるっさいなぁ〜!」
運悪く、騒ぎ声に女湯の二人は後ろを振り返った。
壁の向こうにいるはずの男どもに一喝入れようとしたのだが、
振り返った先にはしっかりと、こちらを覗く姿が映った。
「ダレっ!!」
隣からする声に男湯一同は息を飲んだ。
一斉に振り向いた男湯の集団は次の瞬間、二人の本性を見た…。

「だだだっダレよばかぁっっ!!」
振り返って高音の声音で叫び後ずさったのは影貴の方だった。
逆に尋乃は手元の木桶をひっ掴み、凄い形相で細い隙間に狙いを定め、叫ぶより早く桶を投げた。
「こんのぉぉー痴漢っ!!!」
「のああああっっ」
桶はピンポイントで隙間を目掛けて飛んでくる。
慌てて逃げ惑った祥は運よくか運悪くか滑って湯舟に突っ込んだが、たまたま後ろで祥を止めていた稚弘は、
木桶をまともに額に喰らってしまい、そのままひっくり返った。

「おとといきやがれぃっ!」
「ち、ちぃちゃんっっ!?」
「はぁ?」
尋乃は視力のせいか自分が誰に投げたかすら解っていないらしい。
何故そんな視力で狙いが定まるのか、さっぱり解らない。
「あー影貴上がるな見える!」
「あっ、あぁぁっ!もう早くあっちいってよ!」
恒はこちらにこようとした影貴を止めて、顔を拭う祥と額を摩ってぼーっとしている稚弘を責っ付いた。
「ったくいくぞこら」

「…何処にいくんだい…?」

湯舟から上がろうとした四人は、ドアにもたれて立っていた冷たい赤の瞳に行方を阻まれた…。

 

彼はやってきて一部始終を見ていたのだ。

彼女たちの声を聞き付けて…

 

 

 

 

 

 

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あらあらなんと会長の誕生日じゃないですか!(笑)   稚弘災難でしたご免なさい。
元ネタは修学旅行中に書いていて没になった小説の物なんですが、
どうしてもこの桶を投げるシーンが書きたくて今回リベンジにあたりました。
とはいえ結局三年越しだったんですがね!

05.9.19     ねくすと。