朝起きて

こんな事がおこったら

貴女はどうしますか?

+ 魔法の言葉 前 +





「えいきー!お母さんでかけるからねー」
そんな声で目が覚めた。
今日は日曜日。
たしか先生のお家に遊びに行くんだっけなぁ、と体を起こす。
着替えるためベッドから降りようとして私はあることに気付いた。


…ベッドが高い…


確かに自分の部屋なのに、なにか違和感がある。
何故?
その感覚はベッドから降りたときさらに顕著に表れた。


立ってる筈なのに机が自分より高い…


一体此処は何処なのだろう。
周りの物が全て自分より大きいだなんて。

階段をいつもより足軽に駆け降りて洗面台に行くと、やはりそこもかなり高い。
「よいしょっ」
ジャンプして縁に手を掛け、体を持ち上げた。
その時

自分の姿が

目に入った




「うそ…」




ぐしゃぐしゃの毛並

ぴんと立った小さな耳

毛の生えた前足

黒い大きな鼻

立派に生えた犬歯




私は




犬になっていた…






「い、嫌な夢…」
試しに軽く引っ掻いてみると、ちくっとした痛みしか残らなかった。





私は





どうしたらよいのだろう…






とりあえずなんとか家の鍵を閉めて私は見慣れた道を辿った。

その先に見えてくる大きな家。
私は門を通り越し、ガレージの隙間から家に侵入した。


目当ての人は

庭で洗濯物を乾していた。


「先生っ!」
突然の声によっぽどびっくりしたらしい先生はぎょっとこっちを振り返る。
手にした洗濯物を掛け、こちらをむいて屈んだ。

…よかった…声で解ってくれたんだ…

嬉しくなって胸元に飛び込むと、先生は私の毛をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「何処から迷い込んで来たんだい?」
楽しそうに笑っている。
「あのね、ガレージの隙間から…」
そういうと急に先生が爆笑し始めた。
「はははっ、一生懸命答えてるつもりかい?僕に君の言葉は解らないんだよ、御免ね」





当たり前だよな






仕方がない。
先生なら解ると思ったのに…
180度方向を変えて帰ろうとすると、急に足が宙に浮いた。





先生は
私の汚れた足を
柔らかい布で拭いてくれた

いつもの部屋
さらに大きく見えるのは
私のせい

いつもの癖だろうか
ベッドに座ろうとすると先生が私を床におろした。
「毛が付くから駄目だよ。此処に座って良いのは一人だけなんだから」
そういって彼は仕事を始めた。




私が影貴なのに…






籠には妃影が眠っていた。
彼女なら私の事が解らないだろうか…

「ねぇ…ヒエイ?」
籠の下に立って小さな声で彼女を呼ぶと、ゆっくり目を開けて…

私を睨んだ

「なんですの、響様!この小汚い犬は!」
先生は苦い顔で笑った。
「まぁ…確かに可愛い犬じゃないし育ちも大して良いわけじゃなさそうけどさ、ヒエイなにかわからない?」
ヒエイはぷいっとそっぽを向いて羽根の中に顔を埋めてしまった。
「こんな下等生物の言葉わかりませんわっ」







先生の本音を聞いた気がした。




姿が変わっても





見つけだしてくれるって




信じてたのに…





やっぱり私って





可愛いとは思われてなかったんだ…









音をたてずに

私は外に出た





「さよなら…先生…」






もう


誰にも会えない気がした


これ以上


誰かに会って


無視されたら





消えたくなっちゃうもん





家にも帰れなかった。
もし、母までもが私を拒絶したら…私は生きていられないかもしれない。




「…あめ?」

私の気持ちを唯一解ってくれたかのように
鼻の頭に冷たい涙が落ちてきた。

「お天気しか…私の気持ち解ってくれないのかな…」


暗く、高い空

どこまで続いているのだろう

私は

どうなってしまうんだろう…





自分が何処にいるのかも解らなかった。

見知らぬ町にきた

異邦人みたい

これからどうしよう…




軒先にあった、大きく葉を広げた向日葵の下に私は体を丸めた。


「案外人生ってあっけないなぁ…」

はやくもそんな考えが頭を過ぎった。
どうやったら元に戻れるかも解らなくて、
もしかしたら、先生なら
気付いてくれるって
信じてたのに…
逆に
嫌われちゃったみたいだ





「…こんなとこで…どうした?」





目の前に靴があった。
人の足…
自分が呼ばれていたことにやっと気付いた私はいそいで顔を上げた。


知ってる顔



その人は


大きな傘を私に傾けて

自分だって濡れてるのに

大きな真っ白のタオルで

私を包んでくれた…



「駄目だよ…私なんか拭いたら…泥だらけになっちゃう」
逃げようとした私を見て
その人は
傘を肩に掛けて
両手で私を抱いてくれた

「可愛いのに…捨てられた?迷子?」


その人は

自慢の跳ねた髪を

私の為に

雨で濡らしてしまったのに

笑顔で

私に言った








「うちで雨宿りする?」


 

 

 


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謎の前後編。今度は犬ですかえーきさん…
さてこの人は誰なんでしょう?運命やいかに。2003.8.6