あの日以来
少女は
現れなくなった
来る日も来る日も
ずっと
待っていたのに…
aqua 第一部 2
何故あんな事をしてしまったのだろう。
もう二度と会えなくなってしまうのならば
この想いが伝わらなくても
毎日会えた方がずっと良かった
「俺は…バカだな…」
彼女の残像が残る岩に
蔭は呟いた
「お姉様!?」
「げっかぁ〜」
貝殻のベッドの蓋を叩き尋乃は溜息をつく
「もう…一週間出て来ないよぉ」
「おい月花?なんか食わねぇと死ぬぞ?」
擾は尾鰭でぺたぺたと貝殻を叩く
「…いらない…」
擾は呆れて溜息をつく…
「お前なぁー兄の言うことは聞いとくもんだぜ?」
貝殻の上に座って手持ち無沙汰に鰭をパタパタさせていると、遥か前方から凄い勢いで泡をたてて泳いでくる馬鹿弟が見えた。
「姉上ぇぇっっ!」
かばっと月花の寝所に抱き着く恒を擾はひらりと上によけた。
「姉上!伝言だよ!起きて!父さんが姉上元気ないからって、結婚相手決めてきたんだ!」
擾と尋乃は呆れて物も言えない。
「…何考えてんだ親父は」
「…酷い…」
その時ゆっくりと扉が開いた。
月花の目は真っ赤ですっかり痩せ細っていた…
父の所へ行くと、父は何も知らずににこにこと笑って月花を抱き締めた。
「元気がないから心配したんだよ」
そう言って脇にいた青年を呼んだ。
「月花、君の夫となる人だ、挨拶しなさい」
金髪の青年は軽く会釈をして笑みを見せた。
「始めまして…月花です…」
何処かで見たことのある顔…
「こんにちは、響と申します」
……!!?
月花は耳を疑った。
「ま…まさか…」
そう言い残し、月花はその場を飛び出した。
親友の元へ行くと、親友は…泣き伏せていた。
「…影貴…?」
その声で、親友に怒りのスイッチが入る。
「…なによ…裏切り者!私を人の目から逃がしたのはこのため!?
罪滅ぼしのつもりだったの!?あんたなんか最低よ!」
親友の声が突き刺さる。
影貴は昔から響に淡い心を抱いていた。
影貴に協力しようとした事も何回かあったのだが、内気な影貴は一度も響に想いを打ち明けることはなかった。
「私は彼が幸せになってくれれば嬉しいから…」
これが彼女の口癖だった。
「違うの!お父様が勝手にやった事なの!私ちゃんと断るから!」
「…無駄よ、彼が貴女を望んだんだもの」
影貴は溢れる涙を水に逃がし、月花の方を向いて笑顔を作った。
「知ってたの、彼が貴女を好きな事。振られるの解ってたから、告白しなかったんだっ。今回も貴女が伏せってるって聞いて真っ先に来たの、私じゃなくて彼なんだよ。悔しいけど…月花は綺麗だもの…仕方ないよ…怒ってるなんて嘘。幸せになって…応援してるから…」
泡に溶けてしまいかった
親友まで失って
私は何故生まれてきたのだろう
恋なんて
苦しくなるだけだ
心なんかなければ良かった
生まれてなんかこなければ良かった
こんなに辛いのに
あの人の笑顔が
頭から消えないから…
「…ここ…どこ?」
知らない間に随分と泳いできてしまった。
「兄様に怒られちゃう…」
でも
あの場所に戻りたくない…
「お嬢さん何処へ行くの…?」
月花が振り向くと、少し奥まった洞窟の中に美しい女の人が立っていた。
「その先は迷いのある人が行くと出られなくなる森よ…」
月花は力無く笑った。
「それなら…私は喜んで身を投げますわ…」
そういうとその女性はひらりと月花の元へ寄ってきた。
「…そんな事を言うものじゃないわ…」
彼女の足元は8本の黒い“足”が広がっている。
「話してご覧なさい」
「…そう…では貴女はその青年と、結ばれたいのね?」
正直に全てを話した月花はゆっくり頷いた。
「解ったわ…協力してあげる」
その女性は緑色の液体が入った大きな壷を掻き回した。
「昔…兄が生きていた頃もいたのよ、人間に恋した人魚が。哀れにもその娘は声を奪われて結ばれなかったけど、私は恋する乙女は応援しちゃうタイプなのよね…ふふふ」
女性は大きな貝殻を取り出して月花に差し出す。
そこには『誓約書』の文字が書かれていた。
「貴女と貴女の周囲の人全ての『貴女への記憶』と引換に3日間差し上げるわ、貴女は自力で彼を探し出し、この薬を飲んだ時と同じ痛みを彼から受けなさい。必ず…彼から受けるのよ… 解ったらこの誓約書にサインして」
痛みを受ける
月花にはよく解らなかったが、人間になり、蔭と再び会うことが出来るのだ。
月花はサインし、薬を受け取ると、一思いに飲み干した…
体中が火照り、血が巡っていく
体の奥が熱い
体中が強張り
胸が痛い
ヘソの奥に
激痛が走った
「…っああぁっっ…!!」
体が
変になりそう
なのに
この幸福な心地良さは
何…?
これが
私が受ける痛み…
「必ず彼から…」
というあの女性の言葉が
頭に響いた
気付くとあの岩場に月花は横たわっていた。
ゆっくり体を起こすと、月の光りが月花を照らした。
体の先には…二本の脚が伸びていた…
「あ…」
足を撫で、痛みの走った場所に手を触れると、そこには小さな突起が有った。
優しく撫でると先程に似たような感触がした。
「…んぅ…どういう…こと…?」
「誰か…いるのか?」
「!!」
間違いない
あの人の声…
…あの人って
…誰?
月花は岩を支えにして、慣れぬ脚でゆっくりと立ち上がった。
そこには、優しい目をした一人の青年と
髪の長い不思議な笑みをたたえた男性が立っていた…
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