無責任に他人の事を考えていた

その数週間後、

それが自分の身に降り懸かるとは

思ってもみなかった




SABRINA


あれから何週間か過ぎた。
だんだん冬が近づき、彼女も口癖のように寒い寒いと騒ぐようになった。
その頃、恭一はやはり菊本さんはサブリナを連れていることを確信した。
相変わらず他人に見せることは一度もなかったが、鞄の中に隠し連れていることは左隅後方が座席の恭一には明らかだった。

教室の端からその姿を見ていると頭をノートで叩かれた。
「なにボーっとしてんだよっ」
頭を上げると友人が立っていた。
「な?サブリナ所持者増えただろ?」
「それと俺は関係ないだろ…」
恭一が呆れると友人は前の席に座り、ティッシュに包まって眠っている彼女の頭を撫でた。
「こんな可愛い子つれちゃってさ、学級委員の子はどうしたよ?」
「…しつこいやつだな」

学級委員…とは菊本さんの事である。
前に恭一が好意を寄せたことがあり友人が勝手に菊本リサーチをしたことがあった。
結果は、『彼女には好きな人がいる』とのこと。
それが誰かは知らないし、向こうは恭一の事など知らないわけで、そこで恭一は想いを断ち切った。
そして今に至るわけだ。
今では菊本さんに対してそんな風に想った事はないし、彼女が傍にいる以上そんな余裕もない。

始業の鐘が鳴り、彼女が目を覚ました。
「きょいちークッキーちょうだい」
目覚めた途端に空腹コールである。
「はんぶんこしよー」
恭一は小さなクッキーを取り出してかけらを渡し、残りのうち半分を自分の口に放り込んだ。
「もっと食うなら自分でやれよ」
脇に残りを砕いて置くと彼女はこくんと頷いた。


「きょいちー」
珍しく彼女が勉強中に話し掛けてきた。
「どした?」
小声で尋ねると彼女は笑った。
「眠そうだから呼んだ」
確かに授業は退屈だが。
「あのね、きょいち。えーちゃんね、あのお姉さんに嫌われてるの」
彼女が指差した先には学級委員が見えた。
「菊本さん?なんで?」
「わかんなぃ」
散らばっていた消しゴムのカスを拾い集め、一つに練り上げながら彼女は首を傾げた。
「あの人のサブリナさんに会おうとしたからかな?」
「会えたのか?」
反射的にそう答えてしまった恭一は半分後悔した。
「あえなかった…こんどあってごあいさつしようね」
彼女は首を横に振ったあと前向きな笑みを見せた。


その週末、もう日が傾く頃、恭一は校舎の階段を上っていた。
「きょいちのどじー」
「そういうなって」
教室に弁当箱を残して帰宅した恭一は再び学校へ舞い戻ってきたのだ。
「だいたいお前家に居りゃいいじゃん」
彼女は頬を膨らませた。
「きょいちとえーちゃんいつもいっしょだもん」
「はいはい」
胸ポケットに入った彼女の頭を撫でて教室のドアを開けようとした時、教室から声がして恭一は手を止めた。

「怜央…私のこと嫌わないの?…私…怜央のこと利用してるのに」
「利用してたのか?俺はそう思っちゃいねぇよ」

…れお?
聞いた事のない名前に恭一は首を傾げた。

「だれっ!?」
「げっ」
勢いよく扉が開かれ、少女と鉢合わせになる。
「…氷上君…」
「や、やぁ…菊本さんまだ残ってたんだ…」
曖昧に笑みを浮かべさっさと弁当箱を掴んだ。

「…なんで隠してるのかとか、聞かないの?」
そそくさとその場を去ろうとした恭一の背中に疑問がぶつけられる。
「だって…、見せたくないから隠してるんだろ?」
笑ってそう答えたが、向こうは今だに思い詰めた顔をしている。
「……里菜…?」
突然の声に一同の目は鞄に注がれた。
「怜央っ!」
「!!?」
鞄の影から小さな少年が現れる。
その姿に恭一は息を飲んだ。
胸ポケットから顔を出した彼女が驚きの声をあげた。


「きょいちそっくりーっ?」

菊本さんは慌ててサブリナを隠した。
「……ご、ごめ」
「何で謝るのっ!?」
真っ赤になった少女の顔を夕日が照らしている。
「私あの日、ちゃんと伝えようと思ったのに…なんで…なんで…っ」
歯を食いしばって少女は声を絞る。

「ずっと…見てたのに…いわなきゃいけないって、でも、恐くて…すごく、決心してたのに…」



恭一は何もいえなかった。



今すぐ逃げ出したかった。

なにより

こんな事を『彼女』に聞かれたくなかった。



「嬉しそうにつれてきてさ…」
胸ポケットの彼女を睨みつける。
「嬉しそうにポケット入って…あんたなんか…ダイキライよ!」
そう言い残して教室から姿を消してしまった。

「きょいちぃ…」
彼女の声に我にかえる。
「だいじょうぶ…?真っ青だよ…?」
心配そうにこちらに小さな手を向ける。
彼女は話の内容が解ったのだろうか…?
恭一は扉にもたれ床に座り込んだ。
「お前…ツイてねーな、俺んとこきて…」
彼女は首を振った。
「きょいち悪くない。悪いのわたし。でもきょいちにきらわれなかったらわたし消えない…だいじょ、ぶ…」
彼女は顔を服で拭いいつもの笑顔を見せた。
「いつも一緒だよっ」
恭一は立ち上がり、彼女の頭を撫でた。




時は11月最終週。
あと一ヶ月で、
今年も終わる…


 


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