その日の夜
恭一は彼女の名を知る為
居間へ続く階段をおりた
SABRINA
「どこいくのー?」
ポロシャツの胸ポケットに入った彼女は恭一を見上げる。
「一階に降りるだけ」
「じゃああたしも一階おりる。一緒だねっ」
何が言いたいのかは相変わらず解らないがうんうんと相槌を打って居間に入った。
「父さん、父さんも…サブリナ育ててたんだよな?」
「母さんも育ててたぞ」
「?」
恭一は再び尋ねる。
「なんだなんだ、お前は自分の母親がサブリナで父さんはもてなかったとでもいいたいのか?お前と一緒にしないでくれよ、二人とも人間だぞ」
「え、だって…」
ダイニングにいる母に彼女は預けてある。これならきっちり話が出来る筈だろう。
「まぁ育てたのは本当だよ。私たちは出会うのが遅かったからね。その時は二人ともサブリナを育てていた」
「じゃあサブリナは…」
頭の中に昨晩の無機質な声が反復する。
「お互い相手を交換したのさ」
「!?」
話が読めず恭一は眉間に皺を寄せる。
「この世にはサブリナ同士が結婚する事もあるよ。でないと新しいサブリナは生まれないだろう?」
言われてみればそうだ。
だとしたらその二人は今どこに…?
そこへ母が入ってきた。
「あの二人…?二人は…生きてるわよ。この世界の何処かに…」
母は淋しそうに笑う。
「サブリナは住家を口外しないの」
母もソファに座った。掌の中で丸まった彼女が寝息をたてている。
「彼等はね、私たちに子供が出来て、18になる頃…自分達の子であるサブリナを贈るといって姿を消したの。そして昨日…この子が来たのよ」
「まぁつまりは、彼女は名簿に載せられていない…つまり人間に嫁ぐ教育をうけていない子というわけだね。その辺は苦労するかもしれないが…しかし可愛いね」
父はそういって彼女の頬をつついた。
「じゃあ名前とか…」
「残念ながら解らないわ」
母は言った。
「彼等とは連絡が取れないし、彼女の記憶だけしか頼りはないの」
「そっか…」
思い出すそぶりも見せないこの様子では当分無理ということか。
恭一は軽く溜息をついた。
「そうだ、あなたこの子お風呂に入れなさい」
「ふろ?」
考えごとで話を聞いていなかった恭一は間抜けに尋ねた。
「このこだって綺麗にしてあげなきゃ」
母はそういって皿付きのティーカップと綿棒を渡した。中には湯が入っている。
「…解った。…おい起きろ」
軽く揺すると彼女は眠そうに目をこすった。
「みゅーっ」
気持ち良さそうな声を上げ彼女は湯に漬かる。
綿棒で背中をこすってやるとくすぐったそうに彼女は笑った。
そのあと彼女を枕元に移動させた籠で寝かしつけ、自分も風呂に入り蒲団に潜った。
まどろみかけていた時耳元で音がして、恭一は薄目を開けた。
彼女は自分の蒲団を抱えて箱から出ようとしていた。
手伝おうと手を延ばした瞬間彼女は蒲団を巻き込んで転げ落ち、くるくる回転しながら手の中に納まった。
「寝られないのか?」
「待ってたの。いっしょ」
蒲団を引きずりながら恭一の近くに潜り込み、彼女は目を閉じた。
「…俺が寝返りうったらつぶれちまうぞ?」
指でおでこをつつくと彼女はその指を捕まえた。
「一緒だね…」
眠そうな声に思わず笑みを零し、恭一も目を閉じた。
昨日は拒絶してしまったものの、一緒に過ごしてみると彼女は可愛かった。
彼女がきて二週間。
クラス内のサブリナが増えた。
もう11月なわけだしクラス内も身固めに入っているということだろう…
お陰でクラスの一角にはサブリナスペースが出来ており、誰かが代わる代わる相手をしてくれた。
どのサブリナも皆それぞれ可愛かったが、中でもあどけない雰囲気の抜けない彼女は一際人気があったように思う。
しかし、あの日以来そっけなくなってしまった人がいた。
菊本さんだった。
挨拶をしても今までより元気がなく、まったくサブリナスペースに寄り付こうともしない。
一度彼女が菊本さんに近寄ったのだがそっけなく追い返されたという。
菊本さんはサブリナが嫌いなのかも知れない。
そんなある日の帰宅前、恭一は彼女の鞄の中から顔を覗かせた塊に気付いた。
「サブリナ…?」
よく見えなかったが、栗色の頭が見えた気がした。
「なんだ、嫌いなわけじゃないんだ…」
サブリナを隠したいのだろうか?
彼女の真意は読めず、恭一は学校を後にした。
その夜、蒲団に入ってそんな事を考えていると、彼女に頬をつつかれた。
「きょいち、ごっつんこして」
「…ごっつんこ?」
彼女は笑って頷く。
「寝る前にごっつんこ」
「…?」
彼女は身振り手振りで表現しようとしたが上手く言えず、皆がやるから、と何度も訴え恭一の顔を近付けた。
不思議そうに顔を近付けた恭一の前に膝をついて彼女は唇に自分の額をあてた。
「?」
「みんな寝る前にやるんだって!」
彼女は無邪気に跳びはねる。
「…誰から聞いた?」
「ヒロくんっ」
なるほど。愛されてる訳だ。
「お前もやりたいのか?」
「うんっ」
興味翻意のままやるのもどうかと思うが、恭一は手の上に彼女を乗せた。
「おやすみ」
前髪を上げて軽く唇をあてる。
籠に戻すと彼女は真っ赤になって頬をおさえた。
「どした?」
「恥つかしぃ…」
彼女はがばっと自分の蒲団を被って顔を隠してしまった。
「…変なやつ」
恭一は再び蒲団に潜り込む。
当初の目的は忘れていた。
==========
NEXT→4 5 6