「よぉ恭一」
「おはよう」
適当に挨拶して恭一は胸ポケットを見下ろす。
昨晩徹夜で作った温かそうな服(もちろん元は自分の服)を着て、名もないサブリナは眠っている。
…眠いのはこちらだと言うのに。
痛む指先を擦りながら恭一はあくびを噛み殺す。
それを見た友人は目敏く胸ポケットの膨らみを見つけ、軽く弾いた。
「みゅぅっ!?」
驚いてぴょこっと顔を出した少女を見て、友人は複雑な驚きを見せた。
「お前…なんでモテんのにそんなもんつれてんだ!?」
「…は?」
恭一の胸倉を掴み友人は肉薄する。
「お前モてんだろ!?お前がそんなん連れてるの知ったら女は皆サブリナに逃げるぞ!店の棚からお前似のサブリナが消えるぞ!?なんでそういうことを〜っ!」
サブリナに逃げないと断言した友人はがっくりする。
「…俺ゼンゼンもてねぇけど…てかこれだって親におしつけられただけだし…」
そこまで言って恭一はぎょっとする。
また彼女が泣き出したら…
しかし彼女は再び眠っていた。
「この子名前は?」
そう尋ねられて首を傾げ恭一は言った。
「それがさ、“え”しか思い出せないんだと」
友人はそんなはずはないというが…恭一には心辺りがある。
もしや昨晩あのプログラムを呼び出してしまったせいで記憶の一部が飛んでしまったのかもしれない。
しかし、最初からないという可能性もある。
ともかく、混み始めた下駄箱を二人は後にした。
「お早う、氷上君」
ふと視界に一人の少女が入る。
彼女は菊本さん、クラスメイトだ。
なかなか美人でおしとやかな感じ。
どちらかといえば好みな方…サブリナを育てるならああいう子もいいかもしれない。
「あ、お早う」
邪念に気付いた恭一は何食わぬ顔で胸ポケットを隠した。
四時間目、恭一が授業を受けていると服を引っ張られた。
「…どした?」
小声で尋ねると彼女はお腹をさすった。
「腹減ったのか?」
「…ハラ…へった…」
恭一がクッキーを小さく割って渡すと彼女は美味しそうにそれを頬張る。
「もっと…」
「ん」
四時間目終了のチャイムがなる。
その時、前にいた女子がたまたまこちらを振り向き、断末魔のような声を上げた。
「氷上君なにつれてんの!?もしかして…サブリナ!?」
クラスの面々が一斉に窓際最後列の恭一を見る。
「ついに女を諦めたか恭一も!」
「よっぽど可愛い子見つけたんだな!?」
級友たちが集まってくる。
「いや、ちがっ」
抵抗する間もなくポケットの中から彼女が引き出される。
クッキーを頬張っていた彼女はなにごとかときょろきょろする。
「かーわい〜っ」
女子が黄色い声を上げる。
「可愛いなぁ…お前こういう子が好みだったんだ?」
「だから違うって…」
「名前は?」
片っ端から飛んで来る質問に答える間もない。
「…わかんない」
口のまわりにカスをつけた彼女が答える。
「えー?ちゃんとあるんでしょ?教えてよー」
彼女は首を傾げた。
「えー…ちゃん…?」
廻りは黄色い声であふれる。
「えーちゃんだって」
「ちゃん呼びだよ!かわいー」
一部の女の子たちに撫でられて彼女はクッキーを頬張りながら嬉しそうに笑う。
しかし、また一部の女子は消えるように教室から去っていく。
そんな中、どちらにもあてはまらない少女を見つけ、恭一はそちらを見ていた。
…菊本さん?
目が合うと、彼女は視線をそらし教室を去った。
「…?」
いつの間にか廻りにいたやじ馬が減っていた。
「…あれ?」
不思議そうに見ると最後に残っていた女子、松島さんが声を掛けてきた。
「えーちゃんが『おひるたべる』って言ったんです」
「あ、そうなんだ」
何処かに行くのだろうか…鞄を抱えている。
「あの…」
そういって松島さんは鞄を開けた。
「このこ、昼休みだけ預かって貰えませんか?」
松島さんの鞄から出てきたのは小さな少年だった。
「ちわ」
「ちわ?」
彼女は首を傾げる。
「いいよ、俺でいいなら」
そういうと松島さんは頭を下げた。
「お願いします。ヒロ、仲良くしてね」
「うん」
ヒロは恭一を見上げた。
「オレ、ヒロ。恭一だよな?よろしく」
「よろしく」
「あたしえーちゃんっ」
彼女の差し出した手を握り、ヒロは恭一を見上げた。
「何日たつの?」
「昨日の夕方からだよ」
そう答えるとヒロは首を傾げた。
「普通こんなに言葉知らないやついないはずなんだけどなぁ…幼稚園児みたいだな。ちなみにオレは一週間」
確かに不思議だ。しかし性格のせいかもしれない。
そんな事を考えながら二人の横に弁当を並べ、御飯を少し、二人に与える。
ヒロの服を恭一はしげしげと見つめ、思わず感動する。
「それ松島さんが作ったんだよね?…すごいなぁ…サッカー好きなんだ…」
さすが女の子といったところか、実に精巧にユニフォームが再現されている。
「あいつサッカーみないよ、コレサッカーの服なんだ?」
ヒロは短い髪をかきながら尋ね返す。
「そ、そうだよ…?」
弁当を片付けながら、では何故こんな服を作ったのだろうか、
などと考えてみたが…資料があっただけかもしれない。
そこへ松島さんが帰ってきた。
挨拶をかわすと松島さんは彼女をつついた。
「ねちゃったんですか?」
「ああ、こいつ満腹になると寝ちまうんだ。ガキだろ?」
丸まった彼女を日の当たる場所に動かし恭一は笑った。
家に帰ってくると彼女はまた籠の中で寝はじめた。
「お前ちょっとは勉強しろよ」
目をこすりながら籠からぽてんと落ちた彼女は消しゴムを枕にする。
「きょういっぱいおぼえた。つかれちゃった」
確かに、午後はクラス中が彼女の世話をしてくれた。
おかげで話はまだマシになったほうだ。
「んーじゃあ蒲団で寝ろ」
まわりのサブリナと比べて
出生時の幼稚さが目立つ
こいつはいったい
どんなやつなんだろう…
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